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はるはあけぼの ヨガDiary

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わたしは目撃者~I am Witness

体の使い方のワークショップを行って気がついたことがある。
いつも体を動かしているからと言って、必ずしも理解が早いとは限らないということ。
ヨーガを始めたばかりとか、普段何もやっていない人の方が素直に体を変えることが出来た。

人間は、心や体の使い方に癖がある。
それが仮面のように硬く張り付いてしまうと、他人の言い分を簡単には受け入れない。
相手がプロのボディワーカーでもだ。
行いや言うこともパターンが出来ていて、自動的に何かをしたり言ったりしている。
今ここで、本当に感じたり思ったことを言うのではなく、紋切り型。
仮想の現実を生きていると言っても大げさではない。
もう何十年もかけて身に付いた、反応の仕方・愛想笑い・喋ることがら。
言われた方がそれに気が付くと、すごくちぐはぐな感じをもつだろう。
しかし、受ける方にもパターンがあると、もう劇を演じてるようで、全くリアルな『生~ライフ』はない。

わたしのヨーガ教室では、アーサナ(ポーズ)をしている時に、
その身体感覚に意識を向けてもらう。
動かしながら、変化し続ける肉体感覚を、眺めるのだ。
動きを止めてポーズを維持する(じっとしている)時も、
ポーズを解いて緩めた時も、
体は変化をつづける。
それを、ずっと眺めるのだ。
唯あるがまま、起こるがままを眺める。
硬くてよく動かなくても、それはそれ、いいとか悪いとか審判せずに眺める。
ずっと集中して眺められなくても、
「ヨーガクラスが終わったら、昼は何を食べようかな?」とふと思っても、
それに気づいて、また体を眺めればいい。

これが発展していけば、ヨーガアーサナをしていない時も、
自分の体や心を対象物として眺めることができるようになる。
わたしの本質は、『目撃者』なのだ。
そうすれば、仮面をつけている自分の体や心に気がつくことが出来るだろう。
いつも目撃者でいられたら、
いつも新しい体と心が生まれて来ることに気がつくだろう。
そこには、リアルな『生~ライフ』があるはず。

そして、こうして眺められている体は、眺めないでアーサナをするより、
とっても早く快適に元気になれるから、不思議。

わたしは目撃者~I am Witness_b0237103_555378.jpg

by haru-ha-akebono | 2012-09-03 01:22 | わたしは誰か?Who am I?