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はるはあけぼの ヨガDiary

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海を背にして

先週の火曜日、異国の美術の仕事から帰って初めて、
東京のある保育園に行きました。
今年初めに、異国の某幼稚園で美術の先生をするチャンスが得られて、
その勉強のために、昨年夏からお手伝いに行かせてもらうことになった保育園です。
保育園の美術の担当は、わたしがクリニカル・アートなるものを始めた時からのお付き合いの、
その頃の先生で、今はフリーの造形作家として活躍されている方なのです。
わたしは、見学者という身分で行くのですが、保育園の美術の時間中助手を務めます。

美術の時間は、1日に1つのクラスの実施で、1回の時間は概ね2時間強です。
午前10時から始まって、早く終わった子は他の遊びをするし、
続けている子は心行くまで創作をします。
大体、お昼ご飯の頃には終わる子が多いのですが、
こんなに自由に美術に取り組める園は日本で他にはほとんどないそうです。
時間で区切ってしまうと、子供(に限りませんが)のエネルギーはそこで
断ち切られてしまいます。
不満足感が残ります。
それを繰り返すと、フラストレーションが溜まって、いつか爆発するかもしれません。
それは、いじめだったり不登校だったり、様々な事件へと発展していく・・・。

子供は、本来完全な姿を内包しているのだと思います。
それを、教育という名の下に強制して、
完全を不完全なものへと歪めているのではないでしょうか。
わたしは教育の勉強をしたことがありません。
でも、自分が経てきた、幼稚園や学校(特に小学校や中学校)時代の惨めさを思うと、
勉強しなくともわかることはあります。
その頃の美術の授業のお粗末さの思い出がそうさせていることが多いのです。

異国での暮らしはたった2ヶ月でしたが、
ほぼすべてが、わたしには苦痛でした。
正味40分程度の美術の時間が、1日に6クラスもあるのです。
ここの国の若い美術の先生は、まだ幼稚園の先生の資格もなく夜学で勉強中。
美術の専門の勉強の経験もないので、毎日が大変な労働のように思えました。
しかし、美術のための贅沢なスタジオがあるのです。
子供たちは、美術の時間になると担任の先生とここにやって来ます。
わたしは最初は見てるだけのオブザーバーでしたが、
短時間で大勢の子供が美術を行うので、
手伝わずにいられないほど混乱するのです。
修行に行ってたその東京の保育園とは正反対の状況に、
2~3日で疲労困憊しました。
手伝っていて、自分が楽しいとか面白いとか、全く思えないのです。
参加してる子たちは、何が起こっているのか、自分が何をしているのか
わかっているのだろうか? わたしには、わかっているとは思えませんでした。
すぐ課題をやめてしまう子がほとんどでした。

すぐやめてしまうのは、飽きてしまうから。
それを、大人は(先生たちは)、子供は集中力がないからと言います。
でも、取り組むものが面白ければ、何時間でもやるのです。
それを、昨年半年近く見てきたから・・・。
「すぐ飽きてやめてしまうのは、課題がつまらないものだからです」
と、幼稚園のマネージャーに思わず言ってしまって、
それからお互いに気まずくなっていきました。

この幼稚園が特殊ではなく、日本のほぼ大多数の幼稚園や保育園もこのように
時間で区切って、すべてを運営しているそうです。
自由な時間、遊びと同じ美術の時間は、ごく小さいこの時期にしか
体験出来ないものだと思うのですが、
その時でさえ、まるで軍隊みたいに二列に並んで歩かせて、
時間が来たら楽しくても何でも、おしまい。
こんな環境に、美術は似合わない。
わたし自身が心身の健康を崩して帰国しました。

帰国してしばらくは、保育園に行く機会がありながら、行くことが出来ませんでした。
体調が悪くて・・・。
会いたかった昨年の年長さんたちは、その間に卒園してしまいました。

異国の幼稚園でのわたしの仕事は、先生方ほぼ全員参加のワークショップの講師でした。
一見楽しんでいるような先生方でしたが、
わたしが提供しているものの、その根本にあるものは
全く理解して貰えていないのが、感じられました。
今でもそれを思い出すと、悲しくなります。
「子供のエネルギーをコントロール出来るのが、いい先生だ」
と言った、前述のマネージャーの言葉が蘇ると、今でも胸が痛くなってしまうのです。
エネルギーを開放する場が美術の時間なのに、
そこでもコントロールが始まってしまう、その矛盾。
「子供って、大人の都合でコントロールされる存在なの?」
深い疑問が残りました。

今週の半ばに、再び訪れた保育園の美術の時間は、野外スケッチ。
間近に海が見える公園の芝の上に、ブルーシートを敷き、
ハガキサイズの紙にオイルクレパスで描くのは、風。
でも、そのうち、描くものは無限の広がりを見せて、
恐竜になったり、夏に家族と行った沖縄の風景になったり・・・。
「子供たちの中には、どんな世界が展開してるのだろう?」
そのクリエイションの源を、この目で見てみたくなります。

一人で何枚描いてもいいのです。
2時間半ほど描き続けた男の子は、最後の一枚の紙を手に取って、
「世界の全部を描く」
と言って、描いたのです。
まるで、マチスかピカソの素描のような、シンプルな線の絵を。
午後の鑑賞会でも、何十枚も描いた作品の中からそれを選び、額に入れました。

わたしは、こんなたっぷりとゆっくりとした時間なら、
何時間やっても、子供と一緒にいても、疲労することはないのです。



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by haru-ha-akebono | 2015-09-18 01:39 | アートの時間