はるはあけぼの ヨガDiary

haru2918.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:リトリートin伊豆( 17 )

リトリート in 伊豆15~『わたし』がある限り苦しみはなくならない

1ヶ月あまり日本に滞在されたスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジが
日本を発たれてから、約10日が経ちました。
伊豆リトリートの主催をしたシャンティ・ヨガ・クラブのホームページに、
「ヨーガスワルパナンダ・ジの贈り物」と題するマキ・ユングハイムさんの手記が載りました。
マキさんの個人的なことが書かれているようでいて、
とても普遍的なヨーガの教えや考えが凝縮されています。
是非、お読みになって下さい。

わたしにとってこのリトリートは、出発前に起きた自分の中の様々な問題、
つまりマーヤーの闇を祓ってくれました。
そう、起きてしまったことは自分のせいでも誰のせいでもなく、
また、それを後悔してもなんの展開もなく、唯深い沼に沈んでいくだけなのだと気づきました。
そうそう、スワミジのお話しにあった、『起こることはみんないいこと』。
闇があるからこそ、光の美しさや温かさが分かるのです!!
後悔や反省は、エゴの一種です。
起きたことをありがたく受け止めるのみです。


b0237103_23461327.jpg


2日目の講話の時間でスワミジはこう言われました。
「I=わたしがある限り、苦しみはなくならない。」
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-15 23:49 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆14~アンナ・マヤ・コーシャ

伊豆リトリートの講話「バガヴァッド・ギーター」の最終回は、
スワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジが、いくつかのスローカーを採り上げて話をして下さいました。
その中に、ディヴァイン・ライフ・ソサエティ(シヴァナンダ・アシュラム)で
食前のお祈りにしているものがありました。
その一つ3章14節を、「とても美しい詩でしょう」と言って、
アンナ・マヤ・コーシャ(食物の鞘)についてお話しがあり、
この時初めて、わたしは『食物の鞘』というものが実感できました。
鞘と言われても、長い間なんだかピンとこなかったのですが、
身体が幾層にもなっていることが、理屈ではなくはっきりと意識できたのです。
わたしたちは食べ物というエネルギーを摂ることで、肉体は成り立っている・・・。
当たり前のことですが、日常では忘れがちです。

食べることが一種の快楽になっている現代。
食べる意味やその本質は忘れられていると思えるのです。
食事は飢えを満たす、身体を養う、そういったことから離れて、
珍しい物を食べるとか、美味を追求するとかになり、
その果てに病気や死が待ち受けることになってきています。
でも、この伊豆のリトリートに参加したヨーガの人たちは皆さん、
食事とは身体を維持すること、大食はしない、マクロビオテックなどの食養生に関心が高い、
人たちばかりです。

さて、このスローカーはとっても根本的な生命の連鎖と人間の奉仕を歌っています。

“アンナード バヴァンティ ブーターニー パルジャンニャード アンナ・サンバヴァハ/
ヤジュナード バヴァティ パルジャンニョー ヤジュナハ カルマ・サムドバヴァハ”
 ・・・すべての生き物は穀物によって生き、穀物は雨によって育つ。
   雨は供養によって降るが、供養は人の義務の遂行によって成り立っている。・・・・


シュリ・アディ・シャンカラチャリヤの書いた「タットワ・ボーダ」という本には、
アンナ・マヤ・コーシャをこう解説しています。
“食物を摂取した男性の精液と女性の卵子の結合から、胎児の肉体は形成される。
 胎児は、食物を摂取する母親の子宮の中で養われ、出産によって生まれ出ると母親の乳で育つ。
 それから、自ら食物を食べることで大きく育っていく。人は一生の中で山ほどの食物を摂る。
 そして、やがて肉体は滅んで土に還る。大地は食物を生み出し、その食物を私たちは摂って成長し、
 また食物を生んだ大地に還る。 ・・・私たちは食物を食べ、そして食物に食べられる。”


目に見える肉体は、生命(魂)の入れ物。
3章14節のスローカーやシャンカラの解説を知ると、
様々な生物のみならず、宇宙そのものも輪廻している、と思えてきます。
その根本に存在するものは・・・・!!

b0237103_029726.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-13 00:30 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆13~清い種を植える

リトリートのお仲間から、「伊豆の海岸での瞑想が夢のようです・・・。」
こんなメールが届きました。
確かに、リトリートの日からあっという間に時間が過ぎています。
でも、リトリートの時間、そこで体験したことは、
潜在印象(サムスカーラ)として、意識の深いところに残ります。
私たちの体験したことは、すべて意識の普段は顕れないところに蓄積されます。
その印象が、次の行為や行動を決めているのです。

日常生活は、やはり目に見える物やお金、肉体や心が基準となって動いているのです。
そこにどっぷり浸かる生活になると、リトリートの時が夢のように遠くなって当然です。
物理的な時間が遠くなっていくだけでなく、
自分のあり方が、全く次元の違うところにいるように思えてくるのです。
では、リトリートに行ったことは唯その時限りの過去の出来事かというと、そうではありません。
あのような神聖な時間を過ごすことがあるのとないのとでは、
意識の拡大にとって大きな違いが出てきます。
ヨーガの修行のために聖地(リシケシのような場)を訪ねたり、
聖典を読んだりすることが大事なのは、ひとえに清いサムスカーラを増やすためです。

別に、特別な世界にいなくとも、日常生活は概ねネガティブな要素が強いのです。
学校でも職場でも、競争や他人の顔色を伺うことが主題ですから。
そんなネガティブな体験や情報に囲まれていると、一生涯、その人の心はネガティブなままです。
蓄積されるのですから、段々ネガティブな要素は多くなっていくのです。
グルディブ・シヴァナンダ・ジも、
「多くの人の考えの基準は、憎しみと嫉妬だ。」(『ヨーガと空の科学』より)
と言っています。
その闇を払い、行動をポジティブなものへと駆り立てていくのが、
ヨーガのサット・サンガやリトリートです。
また、ヨーガスワルパナンダ・ジのように明るい光のような存在の近くに行くことは、
決して消えない種を自分の中に植える、素晴らしい体験だったのです。


b0237103_0373047.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-10 00:39 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

荷物は少しで・・・・

伊豆のリトリートから帰って、テレビをほとんど観なくなりました。
リシケシから帰って来た時も同じでテレビを観なくなるのです。
しかし、昨年の晩夏に腕を骨折し、何も出来ないので、本を読むかテレビを観るか、
の暮らしをしばらくしたところ、家にいる時はついテレビをつけるようになりました。
それが、リトリートから帰って、
放映されていることが、観なくても知らなくてもいいことばかりに思えるようになったのです。
などと書くと、テレビの仕事の方たちには申し訳ありません。

そして、不必要な物の整理もし始めました。
持ち物は、所持品という物だけでなく、目には見えないけれども身に纏っているもの、モノ、があります。
自分にはヨーガは生きる上ではなくてはならないものです。
生きることすなわちヨーガ・・・。
それ以外に、一つ自分にとって宙ぶらりんな所持品があります。
初めはそれに意味を持たせて、色々活動してみました。
自分で作った名刺に、肩書きとして付けていました。
でも、段々後ろめたいような、偽善者のような気持ちがしてきて、
ちっともその仕事の時間は楽しくなくなってきていて、
ここには書けない様々な思いもあって、
整理することにしました。
さっき、この投稿の前に、メモ帖欄からその肩書きをはずしました。
あーっ、すっきりした。

伊豆のリトリートは、シンプルな、しかし必要なものごとばかりだったのです。
そんな時間を、毎日の生活にも再現したいのです。
・・・あとは、早い時間に就寝すること!!


b0237103_0384632.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-08 00:44 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

見送り

約1ヶ月、日本に滞在されたスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジが
夕方日本を発たれ、香港へ向かわれました。
数人のヨーガのお仲間たちと、成田空港までスワミジを見送りに行きました。

b0237103_23391510.jpg


最後のリトリートの地高崎から、その主催者の菅野先生とスタッフと共に
バスで到着したスワミジはとてもご機嫌良く、お元気でした。

b0237103_23393220.jpg
        菅野先生とマキ先生


菅野先生はヨーガの先生ではなく、鍼灸師をされています。
その菅野さんの鍼治療で、
大分前に怪我をされて不調の残った左肩から腕がかなり良くなったと、
嬉しそうにスワミジはお話しをされていました。
それから、出発ロビーのコインロッカーのあたりで、
スワミジと見送りに来た全員で「マハ・ムリトゥーンジャヤ・マントラ」を唱えました。
スワミジはやはり空気のように軽い感じですが、
大きく広がって見えました。サットワな要素が強いのでしょう。
光を放射しているとわたしには見えたのです。
ありがとうスワミジ!お気をつけてね~!!
みんなで大きく手を振り、お別れしました。

b0237103_23411749.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-06 23:45 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆12~ユニークな存在

昨日、NHKの夜のニュースで「世界で一つだけの花」という歌について取り上げていました。
歌が世に出たのは丁度10年前だそうで、その時とっても素敵な曲だな!と思いました。
創った人は天才、と感動したのを覚えています。
明るい気持ちになれない現在、この歌の人気は衰えないとか。

伊豆のリトリートで、ヨーガスワルパナンダ・ジがいくつかのインドの古い例え話をされたました。
その一つに、「何一つ同じものはない、どんなに小さな石ころも一つとして同じ形や色はない、
すべてはユニークな存在だ」、という話しがありました。
その講話を聞いている時、この「世界に一つだけの花」を思い出したのです。
また、川原にある小さな石たちをイメージしていました。

自然に限らず、人が作り出した物でも、決して同じものはありません。
この世のものはすべては一つ、本質は一つです。
一つなのだから、優劣はありません。
しかし、一つの本質から、名前と形として顕れ出たものはみんな違っています。
違っているから、優劣はありません。
どっちにしても優劣はないのに、歌の歌詞にも出てくるように、
「なぜこうも、私たちは比べたがるのか?」
マーヤーの仕業・・・私たちの輝かしい叡智を覆い隠す無智の力のなせる業です。
このマーヤー(無智の覆いや投影)を取り除くことが、ヨーガの真の目的です。

自分は世界に一つだけのユニークな存在だと気が付いたら、
人と比べなくなったら、
生きることはどんなに輝きに満ちたものになるでしょうか!

b0237103_0404291.jpg

輝きの波動は、話しをされるヨーガスワルパナンダ・ジの全身から伝わってきました。
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-06 00:45 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆11~食事前の祈りの言葉

伊豆高原でのシャンティヨガの合宿には、一昨年初めて参加しました。
宿泊施設は普段は断食をする専門の施設。
だからと言うわけではありませんが、シャンティの合宿は一日2食でした。
いつもおおむね2食で暮らしているわたしは、あまり驚きませんでしたが、
食前にはリシケシのシヴァナンダ・アシュラムと同じに、ハレラーマというマントラを唱え、
「バガヴァッド・ギーター」の4章の24節のスローカーをお祈りとして
みんなで唱えるので、ちょっと感動しました。
アシュラムでは3回の食事の前は必ず、いくつかのマントラとこのギーターのスローカーを唱えます。
毎日のように通う、アシュラムの郵便局のサンスクリット教室でも、
中休みのお茶の前にはギーターの3つのスローカーと、
アンナプルナ・スローカーを唱えるのです。
なのに全然覚えられないのです、他のマントラは覚えているのに・・・。

今回の合宿から帰ってからは、覚えようと、夕食の前には本を出して練習しています。
「ブラフマールパナン ブラフマ ハヴィル ブラフマーグナウ ブラフマナー フタム
ブラフマィヴァ テーナ ガンタンヴャン ブラフマ・カルマ・サマーディナー」 
・・・ブラフマンである供養する者が、供物であるブラフマンを、火というブラフマンの中に注ぎ入れる。
  このような意識を持って供養をする人は、必ずブラフマンと一体になる。・・・・
すべてがブラフマンの顕れである、という美しいスローカーです。

さて、話題は変わりますが、シャンティ・ヨガの若いAkkoちゃんのブログを一昨日、初めて読みました。
気持ちがジンワリと温か~くなる記事が素早く更新されていて、
昨日も今日も読んでしまいました。
いつもニコニコしていて(ヨーガスワルパナンダ・ジみたい!)、
でも静かで無駄なことはあまり喋らなくて、穏やかで存在感のある人。
見習わなくちゃ、と思いました。

b0237103_0325114.jpg


続く・・・
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-05 00:35 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリートin 伊豆10~起こることはみんないいこと

「起こることはみんないいこと」
これは、ヨーガスワルパナンダ・ジがしてくださったインドの例え話のテーマです。
ある国の王様と大臣の会話で、大臣が王様に言う言葉で、
一見悪い出来事が、実は王様と大臣の双方の身を救う話なのです。

日常、何かが「起きている」と意識することは希薄と思われます。
自分がしていると思うのは実はエゴの錯覚で、
宇宙エネルギー(シャクティとかプラクリティとか)の力ですべては起こっています。
それをいいとか悪いとか、審判するのは人間の心なのですが、
悪いことは悪い面だけではなく、良い面も含んでいます。反対もまたしかり。
悪いことに悲嘆してそのドツボにはまると、いい面が見えないまま更に苦しくなります。
二元性を超えてしまえば、出来事はいいも悪いもないのですが。

それにしても、この話の大臣は冷静沈着。
わたしだったら、どこかで取り乱すだろうな~と思って、聞いていました。


b0237103_0143370.jpg
   スワミ・シヴァナンダ・ジの本にサインをするヨーガスワルパナンダ・ジ
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-04 00:19 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆9~奉納の舞

伊豆のリトリートでは、わたしのヨーガの先輩でもありかつては先生でもあった
くにこさんと久々に再会しました。
以前、時々一緒にキールタンを歌う会をしたこともありました。
リトリートのサット・サンガではハルモニュウムという鍵盤楽器で、
キールタンの伴奏をしてくれました。
ハルモニュウムも彼女の持参で、歌う人のキイに合わせて即興で伴奏をしてくれます。
リトリートのクロージングセレモニーでは、セミプロ級のインド舞踊、バラタナティヤムを披露してくれました。
スワミ・ジへの奉納の舞です。
b0237103_0105589.jpg
   踊る前に、グルディブ・シヴァナンダ・ジの祭壇の前でお祈りをして

10分間に、短い舞いを3つ・・・
  ★シヴァ神を讃える踊り、プシュパンジャリ
  ★ガネーシャの踊り
  ★シヴァ神を讃える踊り、パンチャクシャラム

b0237103_011136.jpg

今回は衣装の着付けやお化粧の時間があまり取れなかったため、
簡易的な装束ですが、
数年前に某高齢者通所施設でボランティアに踊りに行った時は、
時間をかけてお化粧していて、とても素晴らしいパワフルなダンスを見せていただきました。
インド舞踊はいくつか種類がありますが、違いがどこにあるのか、まだ聞いたことがありません。
足を床に打ち付けて、とてもリズムと躍動感があります。

b0237103_0123458.jpg


ヨーガ、八王子伝統車人形、バラタナティヤムのことを書いたくにこさんのブログはこちら

続く・・・
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-02 00:21 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリートin 伊豆8~かみそりの刃

リトリートの夜は、サット・サンガが行われました。
リシケシのシヴァナンダ・アシュラムと同じに、
オープニングは「ジャヤ・ガネーシャ・キールタン」を全員で歌いました。
ジャヤとは英語でグローリィ、栄光や栄誉という意味です。
ガネーシャは像の顔をした神様で、インドではとても有名です。
あらゆる障害を取り除いてくれる、力と智慧の神様です。
このキールタンには沢山の神様の名前が出てきて、
『救って下さい』 『守って下さい』とお願いをします。
ヨーガスワルパナンダ・ジは、「それはサレンダーだ」とおしゃいました。
サレンダーは明け渡す、とか放棄するという意味です。
神様の前に、「わたしは無力です。どうぞ守って下さい、救って下さい」
と自分のエゴを投げ出してお願いをするのです。
エゴを捨てた時、人は空になり智慧が降ってくると、ずっと以前に何かの書物で読んだことがあります。
そんな境地なのでしょう。
「ジャヤ・ガネーシャ」はサット・サンガ始まりの合図のように歌っていたのですが、
スワミ・ジのサレンダーを伺って、この歌の意味の深さを知りました。
b0237103_23433796.jpg
 レクチャーをされるスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジ


このサット・サンガの初日、こんなお話がありました。
「カタ・ウパニシャッド」の中に、『霊性の探求はかみそりの刃を渡るごとく、危険で困難である』
という言葉があります。
ヨーガスワルパナンダ・ジは、このかみそりの刃の話をされてから、
しかしヨーガやスピリチュアル・ライフ(霊性の探求)は自ら望んで行うもので、
一番好きなことなら、そこに集中するのはたやすいことだとおしゃったのです。
嫌々ジャパや瞑想をするから眠くなるのであって、
自分が価値があると思うものには誰でも集中出来る、難しくない、
その言葉を聞いて気持ちが楽になりました。
あんまり深刻な顔をしなくても、妙に孤高になってやらなくても、
自分の修行とはそういうものでしょう。
自分で好きで決めたことなら、こつこつとひっそり続ければいいのです。

b0237103_2344139.jpg
 サット・サンガの終わりにアラティの準備をするマキ先生

続く・・・
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-11-01 23:49 | リトリートin伊豆 | Comments(0)