はるはあけぼの ヨガDiary

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カテゴリ:祈りの言葉( 63 )

一切は神の顕れ

「一切のものの中に、神をごらんなさい。
 生の中に、そして死の中に、幸福の中に、不幸の中に、
 主はひとしく、宿っておられます。
 全世界は、主で満たされているのです。
 目を開いて、彼をごらんなさい。」  ~スワミ・ヴィヴェーカーナンダ~


今の政情を見て、こう思える人がいたら、その人は聖者。
わたしにはとても出来ません。

スワミ・ヴィヴェーカーナンダは、真の聖者、真の勇者、近代の預言者。
今、スワミジーがいらしたら・・・、
世界は一変してしまうに違いありません。

スワミ・ヴィヴェーカーナンダの154回目の生誕を祝って、
5月28日(日)、インド大使館にて祝賀会が行われます。
詳細はこちらから。



 
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by haru-ha-akebono | 2017-04-25 12:51 | 祈りの言葉 | Comments(0)

シュリー・ラーマクリシュナからの伝言

『何世紀も続いた暗闇でさえ、一つの灯りが部屋に運び込まれるやいなや、
 たちまち消えてしまう。
 同様に、数えきれない転生の間に積もった無知と悪事も、
 慈悲深い神の一瞥で、ただちに消滅してしまう。』 ~シュリー・ラーマクリシュナ~

3月19日(日)、現代の聖者シュリー・ラーマクリシュナの生誕を祝う祝賀会が、
日本ヴェーダーンタ協会で行われます。




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by haru-ha-akebono | 2017-03-16 17:40 | 祈りの言葉 | Comments(0)

ホーリーマザーの言葉

他人の中に欠点を見ると、まず 自分の心が汚れるのです
   他人の欠点をみいだして、何の得るところがありますか?
    自分自身を傷つけるだけです
 
                  ~ホーリーマザー サーラダデーヴィ―~


人が何人か集まると、人の悪口や批判をするのは、
わたしたち人間の習性ではないでしょうか?
他者への批判や悪口は、自惚れの気持ちから湧いて出ています。
自分の方が相手より、一段以上上にいる気分からです。

マザーが、「自分自身を傷つけるだけ」とおしゃるのは、
アドヴァイタ・ヴェーダーンタの考えからでしょう。
わたしたちは、本来一つの純粋な意識です。
他人を悪く言うことは、結局自分を悪く言うのと同じなのです。

明日、1月15日(日)A.M.10:45から、日本ヴェーダーンタ協会で、
ホーリーマザー生誕祭が行われます。


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      ホーリーマザーがパンチ・タパシャを行った場所からの眺め








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by haru-ha-akebono | 2017-01-14 17:34 | 祈りの言葉 | Comments(0)

祈るしかありません!!

ある夕方、デリーのインディラ・ガンジー空港に着いた。
出国手続きを終えて、インド通貨に両替しようと「外貨両替所」に並んだ。
万札を出すと、日本円はなんと5,000円までしか両替出来ないと言う。
空港はレートが悪く、それはインドルピーにすると約2,500ルピー。
ここで、US$も出すところだけど、インド暮らす友人がなんとか
助けてくれるようなので、やめて外に出た。

出掛ける3日前にルピー問題勃発。
500と1,000ルピーのお札が急に使用禁止になったと知った。
でも、現地に到着する前日には新札が発行されるとも知り、
旅行者だしとやや甘く考えていたのだった。
「成田空港で、もっとUS$を買っておけば良かった・・・。」

これは、インドに横行するブラック・マネーを撲滅するための政策で、
突然の発表、つまり大きな額のお札使用禁止を伏せていたのは、
テロの防止のためだそうだ。
国のトップの一言で、或る日突然、
お金は紙になってしまう、という事実を目の当たりにしたわけだ。
使用禁止になった高額紙幣は100ルピーにすぐ替えられるわけではなく、
一人一日2,000ルピーまでとか・・・、聞いた。

数日経ったら、状況は良くなると噂されていたけど、
両替屋が両替禁止になり、みな店を閉めた。
旅行者にお金を替えてくれないなんて、帰れってことなのか?
銀行では両替出来たようだけど、外まで長蛇の列の銀行に
長期滞在でもないのに、並ぶ時間はない。

ラーマクリシュナは、
女と金を放棄することが、真に幸せになるためには必要だとおしゃった。
そう、でも、ラーマクリシュナのお寺に沢山寄付したかったのに・・・。
だけど、そのお寺の中は、世間の問題は何もないかのように静か。
毎日粛々と、日課が行われて、平和そのものだ。
夕べのアラティの時間には、日本の大コンサートホールくらいの規模の
大聖堂に、入りきれないくらいの人が集まって、
早く行かないと座る場所がなくなってしまう。
そこで行われる、5大要素のお清め儀式と、全員で歌う賛歌に、
この場所が存在する限り、この世界は真理に支えられ、あり続けると感じた。






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by haru-ha-akebono | 2016-11-30 17:23 | 祈りの言葉 | Comments(2)

調和の預言者

「個々の魂は、神性の可能性を秘めている。
 目的地は、人の性質を支配することによって、内に秘めたこの神性を顕すことである。
 外側にも内側にも。
 働きによって、礼拝によって、精神の抑制によって、哲学によってーーー
 これらの一つ、またはもっと、またはそのすべてによってーーーそして解放へ」

スワミ・ヴィヴェーカーナンダのこの言葉が書かれたカードを、
一昨日、ある方からいただきました。
開くと、飛び出す絵本、みたいなカード。
その方も、このスワミジの言葉を目標に、世間を放棄されました。

わたしも、世間に生きているけれど、これが目的地。



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7月10日(日) 午後1:30~ この偉大な預言者の生誕を祝う会が、インド大使館
に於いて開催されます。テーマは『無私の奉仕』 詳細はこちらから















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by haru-ha-akebono | 2016-07-03 00:25 | 祈りの言葉 | Comments(2)

至福の意識

わたしが、一人でリシケシを訪れた2008年の8月の終わり、
ディヴァイン・ライフ・ソサエティ(通称 シヴァナンダ・アシュラム)の
総長であったスワミ・チダ―ナンダジが、
肉体を捨てマハーサマーディに入られました。
その時、アシュラムのみならず、
リシケシの街全体は深い失意と悲しみに包まれたように感じられました。
今思うと、それだけではなく、世界中のスワミジの信奉者は同様の思い
を抱いたに違いありません。

アシュラムの教えの核である、インドのヴェーダンタ哲学では、
人間の体や心は一時的なもので、魂は永遠であると教えます。
ですから、スワミジの逝去を本当は悲しむ必要はないのですが、
こちらは悟ってはいませんから、やっぱり悲しいのです。

わたしは、一度も肉体が生きたお姿にまみえることが出来なかったのですが、
この大事な出来事の時にその地にいられたのは、幸運だったのかもしれません。

チダ―ナンダジが肉体を離れ、
遺言通りに、すぐにその亡骸はガンガーに沈められたのです。
翌日、リシケシのあらゆる店はお休み。
よく通っていた、外国人向けのカフェのオーナーが、
「あのような偉大な霊的存在が、リシケシに再び現れることはない」と
つぶやいたのを、今も忘れることが出来ません。

チダ―ナンダジが生きておられたら、今年で100歳。
リシケシのアシュラムでは記念切手が発売されました。
アシュラムの郵便局で長くセヴァ(奉仕)をしている日本人のKさんが、
発売の翌日に帰国する日本人滞在者に託してくださって、
わたしの手元には、発売から間もなくその切手が届きました。
チダ―ナンダジの絵が描かれた封筒に入ったKさんの手紙に、
リシケシのあの夏の日々を思い出し、懐かしさで一杯になりました。



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          チダ―ナンダジの絵が描かれた封筒



わたしが最初にヨーガを始めた教室は、チダ―ナンダジをはじめ
何人ものアシュラムのスワミジたちをお招きしています。
わたしが、この霊性の修行を歩み出したきっかけは、
この教室から始まったと思っています。
この秋、その教室には、「チダ―ナンダジ生誕100周年」を記念して、
とても素晴らしい企画があるそうです。
待ち遠しいです。
それから、「チダ―ナンダ」とは、『至福の意識』という意味だそうです。


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            チダ―ナンダジの記念切手







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by haru-ha-akebono | 2016-06-09 17:01 | 祈りの言葉 | Comments(0)

普遍的な言葉は生き続ける

先日、ほぼ毎日チェックしているあるブログを見ますと、
『逆説の十か条』という詩について書かれていました。
それは、数年前にマザーテレサのお言葉として、
在る方がコピーして、くださったものとほぼ同じでした。
その紙を探して取り出して、読みました。
詩を書いたのは、その時19歳のアメリカの学生だったケント・キース氏。
マザーテレサは、この詩に感銘を受けて、コルカタの「死を待つ人の家」に掲げ、
それが『あなたの中の最良のものを』という詩になり、広まったそうです。

偶然!? 再び生徒として通い出したヨーガの教室で、
このケント・キース氏の詩について話された先生がいました。
10日ほど前にあった大きなヨーガの催しに、
氏は来日されて講演をされたのだそうです。
先生としばし、お話しし、
家に帰って、数日前に取り出したその紙を、またよく読みました。

他者(いわゆる世間)と自分の間に起きる様々なことが書かれていて、
でも、あきらめずにし続けなさい、人を愛しなさい、という逆説を綴った詩は、
今のわたしの力強い支えとなりました。
「神性」ということを考える時、人はごまかしのきかない岐路に立つことがあります。
他者の中で粉々になりそう、でも、退いたら自分の求める道の先はありません。

ケント・キース氏の詩にはない、マザーテレサが作ったと思われる
最後の節はこうです。
『最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
 結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです
 あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです』
                     ~あなたの中の最良のものを~




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by haru-ha-akebono | 2016-05-09 17:15 | 祈りの言葉 | Comments(0)

調和の預言者の言葉

「真の成功、真の幸福の、偉大な秘密はこれである
  決して見返りを望まないことだ
 最も成功した者とは、
  無執着を達成した者である」     ~スワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉~


もう何も言うことがない、言葉。
勇気の湧く言葉。
しかし、実践はいかに難しいか。
でも、何度でもチャレンジ。
1000回失敗したら、1001回目に挑戦。

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by haru-ha-akebono | 2016-04-04 00:06 | 祈りの言葉 | Comments(0)

人生の美

1月の最後の日は、スワミ・ヴィヴェーカーナンダの誕生日でした。
インドでは、陰暦で日を決めるので、毎年生誕の日が変わります。
昨年は、恵まれたことに、ラーマクリシュナミッションの本部である
コルカタのベルル・マトで、スワミジ―の生誕祭に参加することが出来たのです。
朝早くから(4時30分くらいから)、スワミジーの寺院やお部屋で
マンガラム・アラティや、バジャンを歌う催しが行われました。
一日中、何かしらのプログラムがあって、
夕方から午後8時30分くらいまで、スワミジーの寺院の前でバジャンを歌う
催しがありました。メイン・テンプルでのアラティは人が多くて
中に入れず、外の庭園に設えられたモニターで儀式を見たのち、
バジャンを歌う集団の中に坐ることが出来たのです。
ロシアからいらしてたセンター長のスワミジに、「お仕舞まで歌っていきなさい」
と言われ、そうしたのですが、一昨日、そのことを懐かしく思い出しました。

その、一昨日は、逗子にある日本支部のヴェーダーンタ協会で、
スワミジー生誕を祝うマンガラム・アラティがあり、参加しました。
朝6時からのアラティの後、「霊性の師たちの生涯」を輪読し、
シバの化身という意味の「ムルタ・マヘシュヴァラ」を皆で歌いました。
皆と言っても、朝早いですから、参加者は4人と協会長のスワミジだけでしたが。
スワミジーのお寺にある、スワミジーが瞑想する姿のレリーフが目に何度も
浮かび、幸せな気持ちで朝の瞑想の時間を過ごすことが出来ました。

スワミジーがシバの化身と言われる所以は、
協会から出版されている「スワミ・ヴィヴェーカーナンダの生涯」に
簡単に書かれています。

スワミジーの講演集、有名なヨーガ・ジリーズの4冊の本に出逢わなかったら、
今のわたしはありません。
最初に読んだ「カルマ・ヨーガ」の何が私を惹きつけたのか・・・。
いまだにわかりませんが、もう何度も読み、その都度感動するのですが、
理解はとても難しいです。
でも、「こんなにすごい人が世の中に存在していたのか!?」
という、初めの感動と驚きは、今もわたしの中で形を変えて続いています。

『失敗を気にするな。それは自然なことだ。
 失敗ーそれは人生の美だ。失敗のない人生などありえない。
 もがき苦しむことがなければ人生に意味はない。・・・
 これらの失敗や小さな後退を気にするな。千回でも理想を掲げよ。
 そしてもし千回失敗したら、さらにもう一度チャレンジせよ』


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  日本ヴェーダーンタ協会での、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ生誕祭は
  2月21日(日)10:30A.M.からです。詳細はこちらから。





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by haru-ha-akebono | 2016-02-02 17:46 | 祈りの言葉 | Comments(2)

行く夏に・・・レクイエム

5年前の夏、リシケシからハタ・ヨーガの師であるスワミ・ヴィシュワルーパナンダジを
日本にお招きしました。
自分の住まう地域でのヨーガクラスが多かったのですが、
スワミジの大ファンのヨーガの先生をしている女性Rさんが、
ご自分の地元に招いて下さいました。
ご自身のヨーガ教室の生徒さんを集めて、地域センターで2回ほどクラスがありました。
生徒さんは概ね年配、または高齢者と言われる方々でしたが、
まだ若いインド人のスワミの話と実践を、ほとんど抵抗なく受け容れて下さったのが、
今も印象に残っています。

Rさんの自宅の近くには有名な大きな湖があり、
また車でドライブに行った山は開放感に溢れる場所でした。
リシケシがヨーガを学ぶ世界の人たちを受け容れて都会化してるとはいえ、
東京に比べたらずっと田舎。
久々に見る田園的風景に、スワミジはとてもリラックスしていました。
また、スワミジの大ファンで、毎年リシケシを訪れているRさんは、いつもご機嫌でした。

つい先日、ラーマクリシュナミッション日本支部で、会報の発送作業を手伝っていると、
Rさんの宛名がありました。
「どうしているかしら?」
彼女が一人で暮らしていた大きな日本の昔ながらの家を思い出しました。
それから2週間ほど後、例会の手伝いに支部に行った際、
Rさん宛の会報が返送されてきました。
『宛名人死亡のため、受け取る人がいません』
という付箋が貼られたいました。
メール便配達のあった時、支部で働いている人が出掛けていて、
私が直接受け取ったのですが、そうでなければ知らないままだったでしょう。
リシケシでゲストハウスを営む、Rさんと私を結ぶ友人に、その夜メールをしました。
「自分より7~8歳年上だったRさん。自分に残された時間も、そう長くはない」
メールを書き終えて、そう実感しました。
ヒシ、と胸に迫るものがありました。

翌日、例会はクリシュナの生誕祭でした。
クリシュナの話の後、午後の講話では、『死を意識して、いかにより良く生きるか』という
テーマも、協会長のマハーラージからありました。
まるで、前日の出来事と思いがシンクロしていると驚きました。
そして、今年前半にあった苦しい自分の気持ちを振り返って、
死を意識したら、好きだとか嫌いだとか、人の言動に傷ついたとか、
それはとっても小さなエゴに過ぎないことだと理解出来たのです。
そんな自分の小さな気持ちに、いつも引きずられて生きていたら、
真に大事なことは何もなすことは出来ない・・・。
多くの人が、自分も含めて、このような好き・嫌いや善悪の感情に囚われて、
生きていると言うよりも流されて目的もなく、死までの日々を過ごしてるのだと、気づいたのです。

私が今しなくてはならないこと、それは自分は誰かを明らかにするために必要な実践。
瞑想やジャパ、カルマ・ヨーガとしてラーマクリシュナの仕事をすること。
そのためには、小さい自分は捨てなくては、と思いました。
あの日、Rさんとリシケシの友人とスワミジと4人で見た、青空が目に浮かびました。




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by haru-ha-akebono | 2015-08-19 23:38 | 祈りの言葉 | Comments(2)