はるはあけぼの ヨガDiary

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カテゴリ:インテグラル・ヨーガ( 18 )

すべての人の母




「なにもなくても、
  わたしにはマザーがいるということを、つねに思い出してください」
                   ~ホーリーマザー サーラダデーヴィー~


身体を使うヨーガをしている中で、「ヨーガスートラ」を学ぶ方は多くいます。
このスートラの中の「八支則」というところだけを
主に学ぶことがほとんどでしょう。
「八支則」には、まず、『ヤマ』といってしてはならない禁戒があって、
その第一が『アヒムサ―』、非暴力というのです。
叩く、蹴るなどの暴力だけでなく、言葉によるもの、思いによるものも含まれます。
とても難しいこの掟が第一番に出てくるとは、なんとハードルの高いこと・・・。

長きにわたってヨーガを実践したり、教えていると、
他者に伝えているうちに、
自分はじつはそれを実践出来ていないことを忘れがちです。
人に向かって言っているから、
あたかも自分は出来ているという錯覚に陥ってしまうようです。
それぐらい、実践するということは、難しいことなのです。
そして、他人に言う人ほど、気持ちは自分の内面に向かえなくなっているのです。

でも、前述したホーリーマザーのお言葉、
「人の中に欠点を見ると、自分の心が汚れるのです」
を読むと、なるほどそうか、と素早く納得出来てしまう・・・。
この言葉は、アヒムサ―の実践なのですが、
「ヨーガの修行にはアヒムサ―が必要なのだよ」と言われるよりも、
マザーに言われると、どなたも素直になれるのではないでしょうか。
マザーは、すべての人の「お母さん」ですから。


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by haru-ha-akebono | 2017-01-19 13:57 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

また、帰って来ました!

先週、ハタ・ヨーガの教室に通い始めました。
身体を使うヨーガを始めて23年になりますが、
この何年かは自分が人に教えるだけで、生徒になることがありませんでした。
昨年、還暦を迎え、急に肉体の衰えを感じ始めて、体調を崩すことも多くありました。
自分で家でアーサナやプラーナ―ヤーマを行う時、
どうしても苦手なポーズは簡単にすませたり、やらなかったりします。
ポーズの保持時間も、きつくなる前にやめてしまうので、
あまり効果がなかったのでしょう。

復帰したのは、以前、ずっと通っていた自宅のエリアにある教室です。
ここでヨーガを始めた時、まだ30代でした。
身体が丈夫ではない、弱い、というよりも、自律神経が上手く活動しない、
今も女性の悩みはそこにありそうな症状といったものがあって、
ヨーガをはじめてみることにしました。
単なるスポーツではなく、心と肉体をつなぐものであり、
精神性を重視していることに惹かれたのです。
今のようにインターネットもなく、選ぶほど教室もなかった時代に、
自宅から遠くない場所に教室があったのは、幸運でした。

期待していた以上に、ここで、
インドでは「スワミ」というお坊様がヨーガの真髄を教えている
という事実と、肉体と心を支える、
「魂」とうものの存在をただの言葉でなく、知ったのです。
ヨーガをする人はおおよそ知っている、リシケシのシバナンダ・アシュラムの
スワミ・シバナンダジやスワミ・チダ―ナンダジの本を読むことが
大袈裟に言えば、人生の転機となっていったのです。

身体は健康になった、生活はある事情で自由になった・・・。
そうして、憧れのリシケシへ行ってから、
不思議なことに(自然と?)、段々と、
求めるヨーガがギャーナやバクティといったものになっていきました。
この何年か、肉体をおろそかにしてきたことは事実です。
「お坊様たち」は、肉体は魂を顕現するために必要な大事な道具と見て、
ヨーガをするしないに関わらず、
肉体の鍛錬を欠かしませんし、食べ物にも気を使っています。
しかし、その周囲に集まる「信者」という人たちは、
そうでもないことを知りました。
身体がダメだと、ろくな仕事は出来ないし、人間関係も良くないことを、
最近理解出来たのです。
瞑想に坐っていたって、何も変わらない人たちは、どうも体調が悪いようなのです。
そのようなことに気付くぐらい、
私は、肉体が健康な人々との付き合いが長かったということです。

3年ほど前、復帰した教室に行くことがあって、
いつも受付にいらして大変お世話になった先生が、はしゃぐように喜んでくださったので、
こちらがびっくりしました。
しばらくして、駅ビルのスーパーでその先生と再会、
「また来て!!」という笑顔、ハグをするほどの喜びに
「はい、また行きます!」と答えながら、日を伸ばしているうちに、
その先生はご病気になって、会うことが叶わなくなりました。
また、昨年、ブログに書いた、ヨーガの知人のまだ若い訃報。
『やりたいと思ったら、すぐ行動しないと、時間がない』
それが、ヨーガ復活の理由でした。

生徒を再開して良かった・・・。
久しぶりの初回、そう心から思いました。
ずっと教えを乞うていた先生の笑顔、丁寧な導きは、
初めにここを訪れた時と変わらず、
違和感を全く感じずにアーサナに取り組むことが出来ました。
迷わずここに帰って来たのは、
ここで15年間、良いサムスカーラを創ったのだと思うのです。
一度は教える体験をした後なだけに、
自分の肉体ともっと微細に向き合うことも出来ます。
そして、帰り、インフォメーションカウンターにあった
ヨガナンダの映画のパンフレットを見て、『行こう!』と思いました。
今は、こだわりを超え、さまざまな在りようをを認められる気持ちが芽生えているのです。









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by haru-ha-akebono | 2016-04-14 19:55 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

歩きつづけること

ハタ・ヨーガ(肉体を使うヨーガ)を始めた時から、
憧れの人だったヨーガの大先輩であるマキ・ユングハイムさんが、
昨年12月に、杉並区高円寺にあるシヴァナンダ・ヨーガ・ヴェーダーンタ・センター
で行ったワークショップの様子を、シャンティ・ヨガ・クラブのホームページ
アップしています。(シャンティ通信19)

テーマは、「プラーナ―ヤーマ」で、実習もあったのでしょうが、
ホームページにはマキ先生が話されたことが、講話として載せられています。
肉体を使うヨーガは、このご時世で、多くが身体のシェイプアップや調整、
また美容目的になっていますが、本来はそうではありません。
肉体をアーサナ(ヨーガのポーズ)で整える、
毒素を排出させることで、長い時間瞑想に坐れる身体を作ります。
瞑想をすることにより、大宇宙と小宇宙(これは自分)を合一することが
ヨーガの真の目的なのです。
合一したその時、人間として生まれてきた意味がわかるのです。

マキ先生はインドに昔(およそ5000年前)から伝わる
ラージャ・ヨーガやヴェーダーンタを一筋に伝え、
ご自分の生き方や生活もその教えを実践されている、数少ない人の一人です。

この講話の中で心惹かれたのは、
マキ先生がヨーガの修行の中で出会った
リシケシのシヴァナンダ・アシュラムのスワミジたちの逸話です。
スーパースターみたいだったチダ―ナンダジ。
グルディブ・スワミ・シヴァナンダジの
「求道者は質素、控え目、気高い生活をしなさい」、
クリシュナナンダジの、
「自分は肉体ではないことを理解してアーサナを行いなさい」
といったお言葉。
わかり易い言葉でありながら、
私たちがいつもいる日常世界には、ない言葉ではありませんか?
難しくないのに、心が清々しい次元にワープしました。
グルディブがおっしゃる「求道者」とは、
なにもお坊さんだけのことではありません。
ヨーガをするということは、何かを求め歩き続けること、
ヨーガをする人は皆「求道者」なのです。


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 右から、チダ―ナンダジ、グルディブ・シヴァナンダジ、クリシュナナンダジ
 リシケシのシヴァナンダ・アシュラムのダイニング・ホールには、このお三方のお
 写真が掲げられています。





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by haru-ha-akebono | 2016-02-11 15:38 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

美味しい紅茶の話です・・・

今年は秋が長い、と感じます。
初秋がいつまでも続いているような、陽気です。
お茶が美味しいと感じるのは、
冷たい飲み物が美味しいと思う季節が終わった頃ではありませんか。
私は無類のお茶好きです。
物心ついた時には、もう緑茶を愛飲していました。
しばらくすると、缶入りの紅茶も普及するようになり、
朝は紅茶が食卓に乗るようになりました。
それから〇10年・・・・。

初めて旅した外国は今のウズベキスタンやタジキスタンで、
行く先々では、チャイという紅茶に似たお茶が出ました。
インドのチャイとは違って、ミルクも砂糖も入っていません。
格別美味しくも不味くもないそのチャイが、毎日毎食出されました。
その後に2か月かけて回ったインドでは、
ミルクを入れて大釜で煮出して売っている、砂糖を入れた甘~い「チャイ」!
がどこにいても飲むことが出来ました。

日本が経済的に豊かになるにつれ、
缶入りの輸入紅茶ばかりでなく、茶園の名前を記した紅茶が
紅茶専門店によって売られるようになり、
それはどれもとても美味しいものでしたが、お値段もそれなりに高価。
いつも飲みたいけれど、それは贅沢なことでした。

更に歳月は流れ、インド訪問を繰り返す昨今、
ヴェーダーンタの勉強をするようになりました。
その学びの場は、座って勉強をするだけではなく、
カルマ・ヨーガという仕事を通してヴェーダーンタを学ぶ時間もあるのです。
その仕事の時間を通して知った、紅茶の輸入をしている方の経営する会社の紅茶を、
買って飲んでみました。
この味(つまりグレード)に対して、なんという安さ!!と驚いたのは、
決して大げさな表現ではありません。
品質も安全なものを扱っていて、
今は紅茶はここでしか買わなくなりました。

さて、今月第3土曜日に青山国連大学前で開催される
『青山ファーマーズ・マーケット』に、
その会社が出店するそうです。
ファーマーズ・マーケット自体は、毎週土・日に行われますが、
その会社コンパスが出店するのは、11月21日だけです。
ホームページやその中のブログに詳しく掲載されています。
お店を持たずオンラインショップだけの会社ですので、
当日はどのようなお店が展開されるのか、
とても楽しみにしています。
この第3は、マーケットでパン祭りもあるようです。
そうそう、わたしは無類のパン好きでもあります。

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by haru-ha-akebono | 2015-11-05 14:39 | インテグラル・ヨーガ | Comments(2)

音❤ヨーガ

今年も8月に、ワークショップをすることになりました。
5月にブログで紹介した、
エサレン・ボディ・マッサージ(正式にはエサレン・ボディ・ワーク)を勉強中のKさんと、
「音❤ヨーガ」をする予定です。
Kさんは、ボディ・ワークの資格取得に励むかたわら、
チベッタン・シンギング・ボウルのセラピストの資格を取得しました。
また、わたしと同じヨーガ教室で指導員養成コースを終了。
その、チベッタン・シンギング・ボウルを使って様々な試みをし、
参加された方たちに、心身を癒して、より元気になっていただきたい。
また、音が誘う静かな波動を、自分の中にも生み出す、気づいていく。

ヨーガのアーサナや自然呼吸、自然発声、とボウルの音とのコラボレーション・・・。
色々と企画・考案中です。


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  リシケシから車で2~3時間の高地、ムスリーのチベット寺院


わたしがこのシンギング・ボウルを初めて聞いたのは、
数年前に臨床美術の学校に通っていた時。
感性を豊かにするカリキュラムの制作中に、講師の方が演奏して、BGMにしていたのです。
それは手のひらに乗る大きさでしたが、こすっていると音がどんどん広がっていくので、
なんと不思議なものだろうと思ったのです。
でも、シンギング・ボウルとは知らず、
お仏壇のおりんだと思っていました。

Kさんが持っているのは、大きな物は洗面が出来るくらいです。
重さもあり、音の響きは全身に浸みわたります。
そうそう、臨床美術は芸術療法ですが、音楽療法というのもあります。
音楽を聴くことで、心身の病や不調を癒すことが出来ると言うものです。
音の波動(振動)は、直接、人(動植物も)の細胞や内分泌腺に刺激を与え、
肉体・心・感情・思考を、変えたり癒したりすることが出来るのだそうです。
育てている花に、いい音楽を毎日聴かせると成長が早く、綺麗に育つと、
数年前に話題になったことがありますね。

それから、ヨーガには「ナーダ・ヨーガ」というものがあって、
技法の一つに、
ブラーマリーの呼吸をして、その音や残響に意識を集中させていく方法があります。
他に、マントラを唱えることや、キールタンを歌うこと、そしてジャパも含まれるでしょう。
今回はこれらはしませんが、
初めと終わりのマントラは、アイディア考案中です。

詳細が決まったら、またブログやチラシで紹介します。

★Kさんのブログはここをクリック



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   リシケシの近くの街デラドゥーンにあるチベット寺院
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by haru-ha-akebono | 2013-07-16 00:39 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

トリートメントの時間

昨日、エサレン・ボディ・マッサージを受けました。
友人のKさんが、今このマッサージの勉強中で、資格取得には
35人の施術をすることが課題の一つとなっていると言うのです。
して貰いたいな~と思っていて、やっと予定が整いました。
このマッサージを受けるのは初めてです。
エサレンは表現アートセラーピーで有名な場所なので、名称として知っていましたが、
マッサージもあるとは!!知りませんでした。
施術場所はKさんの家。
最初は問診ですが、なんだかカウンセリングになってしまいました。
静かに傾聴してくれるKさんに、どんどん話していました。
自分では流していると思ってもそうではなかったこと、
意識してはいても話すことでやっと気づきになること、などなど。
平素は、話を聴く立場になることが多いので、
じっくりと聴いてもらえるだけで、既にトリートメントになっているようでした。

マッサージは、ゆっくりとしたペースで時間をかけて全身行います。
これはKさんのオリジナルですが、今やはり練習中のシンギング・ボウルとの組み合わせもあり、
音の振動で身体のエネルギーを回すことも行いました。
体の精妙な現われが心、心の粗大な現われが体、とハタ・ヨーガ(体を使うヨーガ)では
言いますが、まさにその通り。
体の物理的なコリばかりではなく、色々な精神面の滞りが体に現れているのです。
また、リラックスしてくると、潜在意識に沈んでいた問題が浮上しますが、
意識化されればもう問題ではなくなるのです。

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マッサージの手技は強からず、弱からず、とても上手。
この1年、特に昨年夏からは様々な変化がありましたが、
「忙しかったのですね」と、Kさんに言われるまでその認識がありませんでした。

Kさんは同じヨーガ教室のお仲間でした。
わたしが一人でリシケシに行っている時に、
彼女はそのヨーガ教室のツアーでリシケシにやって来て知り合ったのです。
Kさんを含む4人ほどが、
わたしが滞在しているゲストハウスに、ハタ・ヨーガクラスを受けに来たのです。
スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジのハタ・ヨーガをとても気持ちが良かったと、
ずーっと味わうようにしているKさんに、同じ波長を感じました。
日本に帰っても、時々ヨーガのイベントや教室で再会しました。
それから、ヨーガ教室の指導員養成コースに入って勉強していると聞いていましたが、
突然マッサージの勉強を始め、それを天職とするらしいと知ったときには驚きました。
でも、会うたびに、精神的に成長して充実されているのがお顔に見てとれました。
段々、成長しながら若返っているように見えるのです。
いい生き方をしているのね~。
昨日、マッサージにもその波動を感じました。

間もなく、もう1ランク上の施術を学ぶと、グレードがまた上がるとか。
認定試験に合格すれば、チラシとブログを作って活動を始めるそうです。

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by haru-ha-akebono | 2013-05-22 00:34 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

行為と識別

「バガヴァッド・ギーター」の学習の時に、
『奉仕だけでは悟れない』と、スワミ・メダサーナンダ・ジからのお話しがありました。
奉仕(カルマ・ヨーガ)をしている時にも識別が必要です、とのことです。
識別は、自分の心を観察しどんな状態かを見分けることです。
賢者は、自分の心を『良い心と悪い心』に分けて見ることが出来るのです。
何かの行いをしている自分の心は、果たして良いのか悪いのか?
悪い心が優位をしめていれば抑制をします。
奉仕をするとき、どうしてもうぬぼれが出てきます。
奉仕をする自分は、与えられている相手より優位にいると感じること、
また、奉仕をする動機が優越感から出ていることも多々あります。
そこをチェックするわけです。
自分を対象化するクールな知性が必要になってきます。
その『知性』こそ、高い心つまりブッディというもの、認識する知性なのです。

『わたしはカルマ・ヨーガはするけれど、ギャーナ・ヨーガは嫌い』という人がいるようです。
ギャーナ・ヨーガは哲学の学習、本ばかり読むことではなく、本で得たその知識を
実践に役立てるため必要不可欠なものです。
奉仕や仕事をする自分を観察するためには、ギャーナの知識の背景がなくては出来ません。
行為と識別は切り離せないのです。
二つのことを通して、人の心は高い認識力を発展させていくのです。
ひたすら行為=カルマのみをしても、そこに生まれる欲望に気づいてコントロールをしなければ、
決して人のブッディは成長することはなく、
それどころかその欲望ゆえに、せっかくの奉仕・仕事=行為が自分を転落させていくことになるのです。

反対に、哲学を容易に理解する頭のインテリジェンスは持ちながら、
『何でこんなことを他の人たちは理解できないの?』と、他者を見下す場合。
これもうぬぼれなのですが、こちらも行為と哲学から得た識別知を結びつけないため、
自分の心を見ることが出来ないのです。

ヨーガはインテグラル=総合的なものです。
どれかが嫌い・好きという思いが、そもそも欲望であり、悪い心のなせる業なのです。

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by haru-ha-akebono | 2012-12-07 01:01 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

ヨーガは毎日の暮らし

リシケシのディヴァイン・ライフ・ソサエティから来日されている
副総長のスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジの講演が、護国寺の天風会館で行われました。
一昨年にリシケシでお目にかかった時の印象に比べ、
さらにニコニコ楽しそうに見えました。
講演のテーマは「スワミ・シヴァナンダの実践的ヨーガ」。
参加者はヨーガを深めたいと思う方たちでしょう。
内容は、どんなレベルの人にも理解できるものだったと思います。

スワミ・シヴァナンダさんは、出家してから560冊の本を書いた。
そして、教えることはすべて自分で弟子たちに実践して見せた。

また、Doingはエゴ。Happenはデヴァイン。
起こる事を受け入れて生きる・・・起こる事は神様の手によるもの。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく。
人が生まれてくるのは生まれたい欲が前世の終わりにあったからで、
今世で行う使命があり、その使命を終えるとその人は亡くなる。

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こんな話しが印象的でした。もちろん、お話しはもっと沢山ありました。
終始子供のようなニコニコしたお顔を見ていると、ディヴァイン・ライフ・ソサエティ
から臨むガンジス河を思い出し、リシケシに行きたくなりました。
ハリOM Tat Sat
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by haru-ha-akebono | 2012-10-17 00:33 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

ヨーガは錬金術

ヨーガは 霊性の火を燃え立たせる
ヨーガは 眠っている才能をよび起こす
ヨーガは 神聖な目を開く
ヨーガは 素晴らしい健康と力を授ける
ヨーガは 精神の性質を変容する
だから ヨーガを規則的に実践しなさい
満開の花のような 素晴らしいヨーギになる
毎日 ヨーガを学習しなさい
そうすれば ヨーガは簡単に進歩する
 
                    ・・・・スワミ・シヴァナンダ 珠玉の言葉


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by haru-ha-akebono | 2012-10-03 00:22 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

身体に聴く・効く

今日は「はるはあけぼの・ワークショップ」でした。
講師はロルファーの中村直美さん。
参加者は満員御礼で、皆さんがかなりロルフィングに興味を抱いていることが
事前にわかったのです。
まず、ロルフィングとは何かを説明していただいて、
そして日常生活に活かせる、体の使い方、立ち方や座り方から入りました。
わたしのヨーガの生徒さんたちに、このロルフィング的体の使い方を考えながら
ポーズ(アーサナ)をお教えするようになってから、
皆さん体の痛みがなくなり、快適さが増してきたのです。
今日は生徒さんではない方も参加いただきました。

自分の体に案外意識を向けていないのが、人間です。
この傾向は肉体労働ではなく、頭脳労働をするようになってきてから強まってきたのではないかと思います。
近年の仕事はパソコン作業が圧倒的に多いのではないでしょうか?
意識が自分の体に向かわないと、いつも外側の世界に五感と心が向いてしまうのです。
ヨーガを続けていてもそこが理解出来ない方は、周りを見て人をうらやみ、
自分と比べ、いつも気持ちが落ち着かないようです。
つまり、ただ漠然と体を動かし、表面的にポーズをなぞっているだけなのです。
そこには何の発展もありません。
ヨーガの修行はスタートさえしていないのです。
はっきりとした肉体意識があれば、ポーズの表面的な格好が出来る出来ないではなく、
自分の体はこれだ、確かに今こういう感覚が起きている、と自分を信頼出来るようになります。
そうすれば、他者との比較が無意味なことだとわかり、
他人をうらやむことも、反対にうぬぼれることもこともなくなり、
一々外側の出来事=現象に、気持ちを引っ張られることはなくなるでしょう。
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 二人一組になって、押し合う練習 腰や腕の力ではなく、足と体を直線にして、片足の蹴りで相手を押す

立ち方、座り方、歩き方、それを丁寧に一人ずつ見てもらって、
実践してみます。
すごく素直に反応する人、結構頑固な人、様々・・・。
単純な動きだからこそ、わかることが多いのです、自分の体の癖について。
後半は、中村先生もモデルを努めた安田登さん著のロルフィングの本にはおおむね載っている、
『足ブラエクササイズ』をしました。
これ、ブラッとさせるのが案外難しいのです。
わたしも含めて、体のあちこちをロックさせている人ばかりで、
でもしばらく振るうちに体感できるようになってきました、自分の体・動作・使い方が。
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    足ブラ・エクササイズ 大腰筋のありかが実感できる  

その後、体幹の伸びが実感し易いヨーガの立ちポーズをいくつか行って、
更に体の使い方を学びました。
それから床に座って、ヨーガの自然呼吸をしました。
これらはわたしが誘導したのですが、体を緩めたせいか、
皆さんすぐに静かに集中に入ることが出来ました。
この呼吸の前に、中村先生から『意識を自分の体の感覚に向けていることが大事』という話しがありました。
外の世界にむいている意識を自分の内側へ向ける、これはヨーガと同じです。
ヨーガのポーズは集中の練習のためでもあるのです。

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         体の使い方を指導する中村直美さん

歩き方や座り方だと自分と他人を比較することはないでしょう?
『自分なり』があるのを無意識にわかっているからです。
それなのに、ヨーガのポーズやダンスなどになると
つい人と比べてしまうのはなぜでしょうか?
日常行う動作ではないことを新に学ぶことは、学校教育の記憶が人の潜在意識の中にあって、
気づかないうちに人と比べてしまうのでしょう。
そういうことも含めて、自分の行いとそこに成り立っている感情を意識化していくことが、
ヨーガを行う上で、大事なところでもあります。

それから、中村直美さんは今日のようなワークショップは通常しないそうです。
ロルフィングはベッドに横になって行う施術です。
でも時折、被施術者も施術に合わせて呼吸をしたり動いたりと、参加をします。
10回が1セットですが、それが済むとよほどのことがない限り、通う必要がないのです。
体は施術が終わった後も継続して良くなっていくそうです。
依存性のない、とても気持ちが良い(生まれ変わったように楽になる)ものですから、
興味のある方は是非受けてみてください。
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by haru-ha-akebono | 2012-08-31 00:40 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)