はるはあけぼの ヨガDiary

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❀・・・春の息吹・・・・❀❀❀

数日前、庭にある梅の木のつぼみが赤くなっていることに気がつきました。
三寒四温でなかなか開きませんが。
その頃に、お手伝いに行った高齢者施設での臨床美術のテーマが「春の息吹」でした。
制作の参考に、紅梅に雪が積もった写真があり、それを見て思いました。
暖かくなっても、植物には開花の順番があるということを。
  

     昨年の春、この臨床美術の場で初めてその事実に気がついたのです。
     暖かくなったからって、何もかもが一斉に花開くわけではないことを。
     何十年も生きてきて、今頃そんなことに気がつくなんて・・・。



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           ちゃんと順序良く、蝋梅の後に紅白梅。
           桜も、最初は緋寒桜が咲きます。それから大木の染井吉野、最後は八重桜。
           暖かさを感知して開花する、その温度への植物の気づきが違う、不思議さ。
           「梅が咲いた」、「桜が咲いた」、「春が来た!」、と喜ぶけれど、
           当たり前に鈍感にそう思うだけで、植物のいのちの法則には気がつかずにきたのです。



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     神秘的な、いのちの精密さ、規則正さ、律儀さ。
     その秘密には、もう、脱帽するしかありません!!
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by haru-ha-akebono | 2012-02-26 23:41 | シャクティの力 | Comments(0)

ダンス公演~マイ・ハート・スートラ

今夜、三鷹にある沙羅舎・舞遊空間にて、「マイ・ハート・スートラ」と題する、
ダンスの公演がありました。
ダンサーは、沙羅舎のオーナーの片岡 通人(かたおか みちと)さんです。
そして、音楽は民族楽器奏者の奈良 裕之(なら ゆうじ)さん。
1時間の予定が30~40分程になったそうですが、私には1時間よりも長く感じられました。
観ていて、すごく深く集中していたのです。
あっという間とも言えるし、長い時間だったとも言えます。
公演のチラシに「シヴァとシャクティの顕現」と書かれているように、
片岡さんの背後に、シャクティの存在を感じました。
動きが次の動きを生み出している。
生み出されると、それは今の動きとなって、また次の新たな動きへとつながっていく・・・。
途切れ目なく、動きは続き、終わりがないようでした。
以前何度か観たストーリイ性のある舞踊とは違って、
始まりも終わりもない、円環のようです。

11月から第3を除く土曜日午前に、
沙羅舎2階のヨーガ塾で「プラーナヴィディヤー」というヨーガの集中クラスがありました。
片岡さんとはそこのクラスメイトで、つい、「プラーナ」を意識して観てしまいました。
踊っている片岡さんの中にはプラーナが動いています。
また、周囲の空間にも勿論プラーナは満ちています。
私たち観客も、そのプラーナに巻き込まれていたみたいです。


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by haru-ha-akebono | 2012-02-26 00:35 | シャクティの力 | Comments(0)

いのちの息吹

「自分自身を理解するためには、わたしたちは大きな謙虚さを必要とします。」・・・J・クリシュナムルティ

私たちは、とかく人のことはなんだかんだ言いますね。
賞賛、批判、善悪の評価、などなど。
人の気持ちとは、いつも他者のほうを向いているものだと、つくづく思います。
「人のことを考えている間は、自分と向き合わなくて済むから楽なのだ」、と
以前心理学の本で読んだことがあります。
確かにその通り。
例えば他者Aを、すごいとか自分はあの人のようにはなれないとか、
そう思う時、自分は一体どこにいるのでしょうか?
自分を他者Aと比較している時、本当は自分も他者Aくらいは出来るとか、Aより上なんだけどとか、
思っているのではないでしょうか?
その時、比較した人にとって、Aを含む人間は、比較できる規格品=物体になっているのでしょう。
Aも自分も、同じいのちが通った存在などとは思ってもいないから、比較してみたり、
根拠のない賞賛をしたり、するのでしょう。

何か新しいことを始めることが生きる目的ではなく、
「私は〇〇をやっています」と言うような何かになることが生きる目的ではなく
生きることは、自分自身を理解して、自分の本質を顕現するように努めること。
それは、今すぐ何処にいても始めることが出来るのです。


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by haru-ha-akebono | 2012-02-24 01:43 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

ハタ・ヨーガ

今日のハタ・ヨーガの時間・・・いつの間にか時間が消失していました。
ヨーガ塾・シュリチャクラに通い出して、いつからか、
アーサナを始めると時計で計る時間が消えるようになりました。
あるのは、「現在=いま」だけ。
現在=いまがずっと続くのです。
わたし自身も、動く体と動かすエネルギーと、それを観察する意識になっています。
過去も未来もない、名前も形もない・・・。
「いま、ここに、いるだけ」

ハタ・ヨーガを始めた頃は、行こうとしている道がどんなものかは分かりませんでした。
何でもそうですけれど。
そのことについて、本で知っていることはあくまでも、「地図」であって、「現地」ではありません。
ただ、「自分を知りたい、ヨーガとは何かを知りたい」という欲求があって、それを続けていったのです。
ハタ・ヨーガを始める前、カール・ロジャースの心理学を学んでいました。
7、8年経った頃から、気分が陰鬱な状態が続くようになりました。
ケース研究などしてると、クライアントさんに感情移入してしまって、自分も気持ちが沈んでいくようでした。
「これでいいのかな?」と思うようになりました。
「身体を使ってみたほうが、心のことも理解出来るのではないか」
と、思い切ってハタ・ヨーガを始めたのです。
しばらくは、身体を動かすことに専念して、頭で色々考えたり解釈したりするのはよそう、と決めました。
段々、心身が元気になっていきました。
なんといっても、「なんだか理由がなくても幸せ、気持ちが良い」のが、嬉しかったのです。


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今思うと、ハタ・ヨーガでいうところの意識とエネルギー=イダーとピンガラのバランスが悪かったのでしょう。
感情に起こることを頭で解釈・理解・分析していて、
イダーが優勢になって具合が悪くなっていたのだと思います。
ロジャースのカウンセリングは、話していて「気づき」が起こる時は、
気持ちが生き物のように動くのが分かります。
でも、面談=会話での治療は、とっても長い年月が必要とされています。
また、ロジャース自身も精神的に病んだ時代もあるのです。

心身が快適になっていくと、物事を継続しようとする力も湧いてきます。
生きること、生活することに対する受け止め方が徐々に変化しました。
良いことも悪いことも、奥行きが感じられるようになって、色鮮やになって、
毎日が実験現場のようになっていました。

ハタ・ヨーガが単なる健康法と思われているのは、もったいないと思います。
健康になると「起こること」を、更にどんどん追求していくと、
それに応じて広がっていくのが、このハタ・ヨーガの素晴らしいところ。
次々と扉が開いていていく・・・。
扉には終わりがないように思われます。

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by haru-ha-akebono | 2012-02-23 00:52 | シャクティの力 | Comments(0)

マハ・シヴァラトリ~シヴァ神の夜

今日、2月20日はマハ・シヴァラトリ。
インドの神様の中の最も偉大な神である、シヴァ神のお祭りです。
2009年にリシケシに行った時、マハ・シヴァラトリに参加する機会に恵まれました。
滞在していたゲストハウスに住んでいる、スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジに
シヴァラトリの意味を聞いたところ、
「シヴァはコンシャスネス、ラトリは夜を意味する。
 普通の夜は何も考えずに眠っているが、シヴァラトリの夜は起きている。
 でも、起きていても何も考えない。つまり、フル・オブ・コンシャス。」
と答えてくれました。
コンシャスネスは純粋意識であり、フル・オブ・コンシャスは完全な気づきを意味します。
眠らずに完全に気づき続けるから、シヴァラトリはヨーガ・ニドラーだとも言っていました。

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この晩、わたしはシヴァナンダ・アシュラムへ行って、シヴァラトリに参加しました。
通常のサット・サンガの始まる夜7時30分から、アシュラムの寺院で儀式が始まりました。
寺院の奥の院にあるシヴァリンガムを、様々なもので飾っては洗い清め、それを繰り返します。
その間、広い寺院のホールでは、途切れずにキールタンやバジャンを歌います。
シヴァ神の歌を中心に歌います。
私のように、アシュラムに滞在していない人も沢山やって来ますので、ホールは満員でした。
これが翌朝の4時まで続きました。

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途中、疲れてきて身体を横たえましたが、眠りはしませんでした。
あーっ、やはり起きているのは大変だ、と思う瞬間が何回かありました。
でも、キールタンが聞こえると、一緒に口が動くのです。
それから、この日は夜が断食で夕食を食べていないので、とってもお腹が空いてきたのです。
その時、リンガムにかけられたありがたい聖灰を小さなビニール袋に入れた物が配られました。
遠くで見ている時は、「もしや、おやつ!?」と思うほど、空腹感がつのりました。
聖なる儀式の最中に、食い気が勝っていることが悲しかった・・・・。

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そして、朝4時!!
まだ外は真っ暗です。
儀式は食堂に移って、シヴァリンガムにかけられたヨーグルトや蜂蜜を混ぜた物を食べて終わりになります。
おかゆも出ました。
食べ終えると5時。
まだ暗い中を、数人の女性と一緒にゲストハウスのあるラクシマンジュラの方へ歩いて帰りました。
部屋に着くと、もう倒れるように寝ました。
目が覚めるとまだ昼前で、普通徹夜をした時のボーっとした嫌な気分はなく、
すっきりとしているのです。
不思議な爽快感・・・・。シヴァ神のご加護でしょうか!?


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by haru-ha-akebono | 2012-02-21 00:02 | キールタン | Comments(0)

青春とは・・・・

今年、二人の知り合いが還暦を迎えます。
何かお祝いを、と考えていたところ、昨夜ふと思い出した詩がありました。
サムエル・ウルマンという人が書いた、「青春」という詩です。
何年か前、その頃通っていたヨガ教室の先生が還暦を迎え、
そのお祝いのパーティでこの詩を朗読したことがありました。
今朝、読んでみました。
わたしも還暦が遠くはありません。

「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う」
と始まります。
青春とは
「怯だを避ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する」
「怯だ」とは、おそれること、臆病心のことです。
「時には、二十歳の青年よりも六十歳の人のほうに、青春がある」、と続きます。
確かに、失敗を恐れて何もしない人がいます。
まだそんな年ではないのに、なぜか一歩踏み出せないでいる人がいます。
迷っている内に、肉体は本当に老いてしまうのですが。

「年を重ねただけでは人は老いない。
 理想を失う時初めて老いる。」
「人から、神から、美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り、君は若い」



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ここまで書いて、ふと思い出したのは・・・、
スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジが
「ダッタトレイヤーには24のグルがいた」と言ったこと。
24のグルとは人ばかりではなく、動物や動かないものも含まれています。

人は、あらゆるものとの交流を通して、常に変化している。
様々なものから霊感を受け、成長し、創造を行っているのです。
その変化するものを通して、変化しない永遠なるものを悟っていくのではないでしょうか。
交流を拒否した時、人は老いる・・・まさに肉体は生きていても、精神は死ぬのだということでしょう。

人を、人や神との交流から遠ざけているものは、
その人自身の中にある、培ってきた価値観・・・親や教育が刷り込んだ価値観です。
知らない間に沢山のものを与えられて、気が付かないうちに、自分の考えたことだと思っている。
疑うこともせず、ずっとそうしてきたから、その方が安全だから、
みんなもそうしているから・・・、そうしている。
安楽な状態の快適な温度の場所にいて、機械のように同じことを繰り返して、
ワンパターンの会話をして、そうしているうちに、
「現在=いま=新しい」と言うことを忘れてしまうのでしょう。
いつも、過去の記憶にしがみつき、過去の情報で生きようとするから、
何が起きても感動できない、どうせやっても無駄だろう、今あるところから踏み出せなくなってしまう。
自分で自分の行く手を閉ざしているのです。
初めは甘美なものが、やがては毒薬になる・・・。

「頭を高く上げて、希望の波をとらえる限り」、80歳であろうとその人は青春の中に留まる、
その人の青春は終わらない、このように詩は結ばれています。

還暦を迎えるお二人は、まだまだ新しいことに挑戦し続けている方たちです。
青春がずっと続きますように・・・、この詩を贈ろうと思います。


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by haru-ha-akebono | 2012-02-19 14:12 | 祈りの言葉 | Comments(0)

ピンクのリボン

3月下旬に「ピンクリボンウォーク2012」が行われます。
乳がん検診の啓発イベントで、4年ほど前に一度参加したことがあります。
日比谷公園に集合して、2、5、10kmのコースのどれかを選んで、皇居周辺を歩くものです。
「自分のために。大切な人のために。」
パンフレットのコピーにはこんな言葉が書かれています。

乳がんは、癌のうち唯一、自分でも調べることが出来るものです。
そして、今はマンモグラフィという優れた機械で検査が受けられるようになりました。
にもかかわらず、検診を受ける人が少ないそうです。
また、手術によって、女性にとって大切な乳房を失う可能性もあるから、
こうして啓発運動が盛んになっているのでしょう。

私の母の妹、つまり私にとっては叔母が、乳がんのために50歳位の時に亡くなりました。
近親者に癌になった人がいると癌になる確率が高いと聞いてから、
私は、会社や区の婦人がん検診を受けるようになったのです。
「毎年受けるように」、婦人科の医師に言われました。
昨年、左腕を骨折してその治療に忙しいのと、腕が上がらないから、
と検診を受けずにいました。
ついこの前、あることがきっかけで、急遽検診の予約をしました。
今月末が今年度の締め切りでしたが、なんとか滑り込みセーフ。

両親の在宅介護をする中で、それを支える在宅医療専門の医師や看護師の方たちと出会いました。
その医療職の方々の患者さんの多くは、終末期を自宅で迎えたいと望む癌の患者さん。
母親も最期は癌の疑いがあったことから、癌の闘病に関する本を何冊か読みました。
癌で余命宣告されたら、自分のしたいことの悔いが残らないように時間を使えるけれど、
治療には保険の効かないものが多く、大変な費用がかかります。
また支える近親者の悲しみや苦労は大変なものです。
このブログを読んだ女性の方は是非、検診を受けて下さい。


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ピンクリボンウォーク2012のことに関してはこちらから
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by haru-ha-akebono | 2012-02-19 00:56 | 祈りの言葉 | Comments(0)

夕焼けの詩

今、「Always 3丁目の夕陽`64」が上映されています。
このシリーズはまだ観たことがないのですが、とても人気映画のようですね。
先日、ヨーガ塾で土曜クラスが終わったあとに抱一先生と話していて、
この映画の原作が漫画だと知りました。
抱一先生はとても面白い漫画だと言っていたので、読んでみたいな~と思ったのです。
その後、しばらくしてもしやという作者を思い出しました。
今日の夕刊の映画の広告を見るとやっぱり!
西岸良平さんです。

漫画は少しか読んでいませんが、「夕焼けの詩~西岸良平に捧ぐ」は良く聞きました。
金子マリとバックスバニーのファースト・アルバムに納められた曲です。
この漫画へのリスペクトだと、アルバムの解説に書かれていたと記憶しています。
冬の夕暮れになると、今も思わず口ずさんでしまいます。
切ない、ノスタルジックなバラード。
でも、明日への明るい期待感が全体に漂っているのを感じます。
戦後の新しい時代への期待が表されているようです。

金子マリさんは、日本で最も上手いロック歌手、と思っています。
(その割りに、ライブに行く機会が少ないけれど。)
昨年のNHKの朝ドラマ「お日さま」の主人公陽子の初恋の人を演じたのは、
マリさんの長男と知って、驚きました。
映画の主題歌は別な歌だったので、がっかり・・・。


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金子マリオフィシャル・ウェブサイト
★「夕焼けの詩~西岸良平に捧ぐ」で検索すると、Youtubeで聴くことが出来るはず。
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by haru-ha-akebono | 2012-02-18 01:11 | アートの時間 | Comments(0)

Be Good, Do Good.

リシケシで、スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジのグルジにダルシャンをしていただいた時。
長い闘病の末に亡くなった父親についての質問をしました。
グルジはこう回答をくださいました。
「人間の今世でのことは、前世の行いで決まっているのです。
 もう、お父さんのことは忘れなさい。貴女は、良い想いを持ち、良い行いをしなさい。」
Be Good、Do Good.

輪廻転生は東洋では馴染み深い思想ですが、
今の日本では、これを信じる人は果たしてどれだけいるでしょうか。
毎日の生活は自己中心が蔓延しているけれど、
それは、人生はこの一度きりと思うからなのではないかしら?
死んだら、つまり肉体が消滅したらすべて終わりと思うから、
どんなことをしても、他人よりいい物を手に入れたいとか、
他者を出し抜いても自分が何かを得たいとか、そんな風に思うのではないかしら?
生きているうちに、出来るだけいい思いをしておきたい。
人より素敵な車を持ちたい。
人より大きな家に住みたい。
人よりお金持ちになりたい。
そしてそれが果たされないと、惨めな気持ちになってしまう。
望みが叶わないと、すぐ落ち込んでしまう。
誰かと比べて、すぐに自分を卑下してしまう。
また、肉体が滅びたら全て終わりになると思うから、苦しみから逃れるために自殺をするのでしょう。
だからこんなに、自殺が増えているのではないかしら。

それって、
表層だけの空っぽの生。
物事が移ろうだけの、アン・リアルな生。
お芝居の背景の中で、ただ役割を演じてるだけの生。

もし、来世があると思えたら、
今世の続きがあると思えたら、
肉体は滅びても、魂は永遠不滅だとわかったら・・・・。
もっと、やすらかな生き方が出来るはず。
もっと、リアルに生きられるはず。
Be Good, Do Good.

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by haru-ha-akebono | 2012-02-15 00:45 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

プルシャとプラクリティ

この現象世界は、プラクリティによる華麗なショウ。
実は自分はプルシャだということに気が付くために、プラクリティは面白いショウを見せてくれる。
「ヨーガスートラ」はヨーギの修行のための聖典というだけではなく、
生きることの面白さを気づかせてくれる。

今週の土曜日、抱一先生の「ヨーガスートラを学ぶ会」があります。



ヨーガスートラを学ぶ会 No.5

2月18日(土)2p.m. 開場 3:00p.m.~5:00p.m. 講座
会場 三鷹沙羅舎2F「こころとからだ塾」 参加費 2,000円
講師 抱一
今回のスートラ学習は、第一章8節~13節を予定しております。
8節 間違った認識とは何か  
9節 空想とは何か
10節 熟睡とは何か  
11節 記憶とは何か
12節 継続的実践(アビヤーサ)と欲望の放棄(ヴァイラーギャ)による心の動揺の止滅 
13節 継続的実践(アビヤーサ)とは何か

皆様の自由なご参加をお待ちしています。   抱一

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by haru-ha-akebono | 2012-02-14 23:25 | 聖典を学ぶ | Comments(0)