はるはあけぼの ヨガDiary

haru2918.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

人生の四つの時期

インドの伝統的な考え方、「四住期=アーシュラマ」は、人間の人生を4つの段階に分けるものです。
生まれてから25歳までは、世俗や精神的なことを学ぶ時代、ブラフマチャリヤ。
「ラーマヤーナ物語」を読むと、グルの下に行って暮らす幼少時代から青年期のことが書かれています。
25歳から50歳までのグリハスタは、結婚して家庭を持つ、家族のために働く時代。
これはわたしの経験ですが、この時期家族や社会のために働くことで、
自然と次にくる林住期を心穏やかに受け入れることが出来るのです。
50歳から75歳はヴァーナプラスタと言い、夫婦で家族から離れて森へ行って暮らす時代。
作家の五木寛之さんが「林住期」という本を書いて話題になりましたが、この時代を言います。
また、知人から聞いたところでは、それまでに蓄えてきた精神的な財産、
例えば働いて得た知識や教養を世間に還元する時代だそうです。
そして、75歳以降は一人になって社会から自由になり、サンニャシンの生活をします。
サンニャシンとは「すべてを放棄した人」。
インドでは、家族の下を離れて、死ぬためにヴァラナシ他の聖地まで巡礼する人が沢山います。

若い時代に出家した人もサンニャシンと呼ばれ、スワミとして尊敬されます。
その場合は、二度と社会に戻ることは許されないのです。
スワミ=僧となった人は、オレンジ色の衣を着けていますが、
そのオレンジはすべての煩悩を焼き尽くした象徴です。
若くても、生家を離れ、家族と別れ、妻帯せず、元の名前も性別も捨てて、ブラフマンを求め、
社会で生活する人たちの精神的な支えとなります。
精神的なことを尊ぶインドではサンニャシンは尊敬され、
サンニャシンにお布施(お金や食物、一夜の宿など)をするのは在家者の義務なのです。
日本にも戦前はこうした考え方や現実が残っていました。

インドはまだこうした伝統的な考え方が残っていて実践されています。



b0237103_13504930.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-30 13:53 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

元 型~はるはあけぼのアーキタイプ論

誰もが、心の中に沢山の欲望を持っています。
また、大まかに心と言っていますが、
普段は意識にのぼらない深層に「元型=アーキタイプ」を持っています。
元型にはいくつかの種類があって、誰の深層意識にも存在しています。
この元型が、外側の対象(人)に投影される時、ある特定の関係が生まれます。

  投影:ある状況や刺激にたいしてなされる解釈・判断・表現などに、心理状況やパーソナリティーが
      反映されること。・・・スーパー大辞林

例えば同姓の友人の場合。
ある人と初めて出逢ったとして、
その時の自分の元型の働きによって、「この人は特別な何かがある!!」と心トキメキ、
声を掛け友人となろうとします。
そして、自分のまさにその時に必要な欲望をその相手が持っていると信じ、
期待を寄せて付き合っていくのです。
期待を寄せられた方は、元型が働いていないし相手とは関係のない欲を持っているため、
結局この関係は上手くいかないかもしれません。
またはお互いに惹かれあう、相手の親愛にもう一方が応えるなどで、
関係が深まり本物の友情に発展することもあります。
同姓の場合、元型はシャドウ=影として顕れるそうです。
自分にまだ顕現出来ていない性格上の未分化な面を、相手に投影します。
自分にはない一面を持った人として、憧れに近い気持ちや親近感を抱くのです。


b0237103_0211215.jpg


異性との関係も同じです。
女性の場合、理想的な異性像をアニムスと言います。(男性の場合はアニマです)
ある男性と出逢った時にアニムスが出現すると、恋になるのです。
恋は「落ちる」と言いますが、その時まさにアニムスが心の中で活動を始めます。
恋が冷めた時、どうでしょう?
まるで夢を見ていたような、しら~っとした気持ちになりませんか。
アニムスが活動をやめたのです。
なぜでしょう?
アニムスはその女性の深層意識にある男性の理想像です。
現実の男性を知るうちに、段々その理想とかけ離れていることがわかってきた時、
その人は自分の理想の人ではないとがっかりする、熱から冷める、そんな状態になるのです。

元型は他に、グレート・マザーとかオールド・ワイズ・マンがあります。
グレート・マザーは大きな愛で自分をまるごと受け入れてくれる母の理想像。
でも、同時にそこに飲み込まれると自立が出来なくなってしまう恐ろしい一面も持っています。
家から上手く自立出来ない人は、この母の力が家庭の中に働いていると言われています。
実際の母親がその力を発動しているのではありませんけれど。
オールド・ワイズ・マンは、高度な智慧を授けてくれるという元型です。
人格が統合される時に、夢に現れることもあるそうです。


b0237103_02245.jpg


これらの元型を、身近な人にその期待や理想を投げかけて、
実はその相手は思った実像と違っていると気が付き始めたら、
自分の内面にどんな元型がいるのかを、見てみることが大切です。
自分は何を期待しているのか・・・・?
相手に対し、どんな理想を見ていたのか?
理想を投げかけられた相手のほうも、もしかして何かの役割を演じてしまったかもしれません。

どうしてこのような元型が存在し、出現してくるのか。
その人の成長のためです。
人間として内的成長を遂げる過程に、必要なことなのです。
でも、多くの人はこの元型の存在を知らず、唯気持ちが冷め、
相手を落ちた偶像として忘れていくのです。
そうではなくて向き合ったら、どうなるでしょうか?
自分が他者に投影した「元型=理想」は、自分にとってどのような意味を持っているのかを
良く考えてみます。
そこには、自分が成長するため必要な人格の理想があります。
それを自分の中に統合、つまり取り入れることで自分の人格は拡大・成長していくのです。
取り入れることはそんなに簡単ではありませんが、理想を想うだけでも価値があるのです。
そして、理想像を投げかけた相手に対しては、
その人の本来のありのままのを見て付き合うなり、
偶像だったと素直に認めて離れていくなり、選択をすることが出来るのです。
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-29 00:26 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

言葉の力

言葉は昔、「言霊」と言ったそうな・・・。
ひねもすのたりで5日間行われた、松橋登さんの朗読会が大好評だったそうです。
そうです!!わたしが今まで聞いた沢山の朗読の中で、最高のものでした。
朗読は、一人でその世界を創りあげる行為。
でも読み始めたら、聴くほうも参加していきます。
引き込まれていくのです。
でも、そうなるかならないか、それが読み手の力量にかかっているのです。

嬉しいことに、再演の予感が・・・。

b0237103_0491034.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-28 00:58 | シャクティの力 | Comments(0)

ヴィヴェーカーナンダ生誕記念祝賀会へ

今日、インドの偉大な聖者であるスワミ・ヴィヴェーカーナンダの第150回生誕記念祝賀会がありました。
場所は九段のインド大使館講堂です。
今朝、急な予定で行くことが出来なくなった知人から
「様子をブログで読むのを楽しみにしています」とメールがありました。
詳しいことは、ヴェーダーンタ協会のホームページに載ると思いますので、
後ほどご覧ください。その方が正確です。
前半の講演は、協会の会長であるスワミ・メーダサーナンダ・ジによる
「スワミ・ヴィヴェーカーナンダ、ラビンドラナート・タゴールと日本」でした。
後半は、文化交流プログラムで、
ヴェーダの朗唱や賛歌、タゴール音楽やインド舞踊がありました。

ヴィヴェーカーナンダより、タゴールの方が知名度が高いでしょうか?
インドではどちらも偉人です。
わたしは、今年初めてタゴールの詩集「ギタンジャリ」を読みました。
或る朝、探すことがあって開いたヨーガの本にタゴールの詩が載っていて読んで、
もっと読みたいと思ったからです。
素朴な素直な神への愛をつづった、心が静かになる詩ばかりです。

ヴィヴェーカーナンダの思想は、何度読んでも新しい発見があります。
どの世代の方も、スワミ・ジの書物を読んで勇気づけられると信じています。
一緒に行った友人が、休憩時間にスワミ・ジの本を一冊早速購入していました。
どの本がお勧め?と聞かれて、迷わずに「カルマ・ヨーガ」と答えました。
わたしが初めて読んだスワミジの本で、その時の生きることに光明をいただいたからです。

b0237103_23524025.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-27 23:59 | 祈りの言葉 | Comments(0)

は た ら き

『われわれははたらかなければなりません。
 いたるところでまちがった欲望にかりたてられている普通の人間、
 彼らが働きについて何を知っていましょう。
 自分の感情や自分の感覚におされてうごいている人、
 彼が働きについて何を知っていましょう。
 自分の欲望にかられているのではない人、
 どんなかたちの利己主義にもかられているのではない人、彼がはたらくのです。
 何の下心も持っていない人、彼がはたらくのです。
 働きから何の得もえない人、彼が働くのです。』
               ・・・・スワミ・ヴィヴェーカーナンダ「ギャーナ・ヨーガ:あらゆるものの中の神」より



b0237103_0112710.jpg


                 











                                   
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-27 00:13 | 祈りの言葉 | Comments(0)

炊き出しの会のこと

昨日、横浜寿町の「炊き出しの会」に行って来ました。
第4金曜日で、日本ヴェーダーンタ協会のナラ・ナーラーヤナ活動の日です。
しかし、明日九段下のインド大使館で「ヴィヴェーカーナンダ生誕記念祝賀会」があり、
いつも支援に行くナーラーヤナ活動のリーダーのSさんや協会の事務のMさんはそちらの準備のため、
協会からは物的支援のみということになっていました。
先月初めて活動に参加したわたしは、一人で「炊き出しの会」に行ってみることにしました。
いつもホームレスの方たちに配食している雑炊はどのように作られるのか、
手伝えることをしようと、午前10:20頃に炊き出しをする公園に到着しました。
配食は13:00からで、雑炊のための様々な準備や野菜切りは、朝7:30から始まるそうです。

ちょうど雑炊のための野菜を大きな鍋に煮始めていて、それを手伝うこととなりました。
現場の責任者の由良さんの指示で作業は廻っていきます。
直径60~70cm(正確な大きさは伺ってきませんでしたので、おおよそです)ほどの大きさの
鍋が3つ掛けられるガス台があり、一度に3個の鍋を煮ます。
この鍋7つ分の雑炊を作るのだそうです。
長くボランティアをしている女性からやり方の指示を受けながら、
大鍋に野菜を入れたり大きな柄杓でかき回したりしました。
他に男性のボランティアさんが2~3人いて、あっと言う間に大きな鍋には
調味料や炊いたご飯が投入され、完成すると巨大なポリバケツに入れられました。

b0237103_19251933.jpg

鍋7個分の雑炊が出来るのは11:50頃。
出来上がるまでの間に、今日配る夏蜜柑や、缶コーヒーをいただきました。
由良さんは、先日ヴェーダーンタ協会にホームレス支援の話をしにいらした
「炊き出しの会」の近藤さんと同じ、寿日雇い労働者組合の方です。
肉、野菜、調味料などを購入するための資金や、物資をカンパしてくれる方々のことなどを伺いました。
作業しながらでしたので詳しくは覚えていないので、そのことはまた次回書きます。
わたしがいただいた甘夏蜜柑は、広島在住のサブラカ農園から寄付された無農薬の物だそうです。
毎年送ってくださるとか。
そして、先月も見かけて印象にあった女性に話しかけました。
首が全部隠れる覆いがついたリバーシブルの素敵な帽子を被っているのです。
何処で買ったの?と聞くと、農協で、との答え。
この頃はマラソンをする人用にスポーツ用品店にもあるそうです。
必需品だと思いました。
これから暑くなると、ガス台周りの仕事は大変なこと、日焼け対策も必要、
寒い時は食器洗いは大変なこと、などなど伺いました。
昨年夏、脱水症になって倒れた由良さんの話も人事ではないと思いました。

b0237103_19255131.jpg

そして、配食までの昼休み、公園ではラジオ体操が始まりました。
参加しているのは、今日ボランティアに来た神奈川県内の女子中学生や大人のボランティアがほとんどで、
配食の列を作っているホームレスの方々は見ているほうが多かったようです。
ガス台の前でわたしに作り方を教えてくれていた女性が
「寿町に来た記念に是非体操して行って」と言うので、やりました。
やはり一緒に煮炊きをしていた皆に「親方」と呼ばれている男性が、前に出て見本を見せます。
第1、2の体操と、氷川きよしの「ずんどこ節」に合わせた体操です。
楽しんで体操していると、それまでパラパラとしか降っていなかった雨が傘が必要なほどになってきました。
急いでフードの付いたパーカーを着ると、そろそろ配食です。
b0237103_1926678.jpg

中学生のボランティアさんたちは40名で、プロテスタントの女子学校なのだそうです。
先月は協会のSさんと一緒に行ったヴェーダーンタ協会の支援物資であるバナナ配りを、
今日はこの中学生たちがするため、配り方を説明しながら一緒に行いました。
今日は、先ほどいただいた甘夏蜜柑も一緒です。
b0237103_19292492.jpg

まず、雑炊を配る台があって、それから果実を渡す台があります。
雑炊を配るのも、食器を洗うのも、今日は中学生さん方です。
雨は本降りではないけれど、でもテントを出すほどでもなく微妙で、
フード付きの上着ではないホームレスの人たちは濡れながら、食事を摂っていました。
傘をさすと、食べられないいからです。
b0237103_19301245.jpg

何回並んでも自由なので、夕食の分も並ぶ人もいます。
また、事情があって出て来られない仲間のための分も貰う人もいます。
果実は、バナナは人気ですが蜜柑はそうでもありませんでした。
協会からは、毎月バナナ400本を支援しています。
b0237103_19263697.jpg

中学生ボランティアさんのおかげで、配食が済む頃は食器洗いもだいたい終わっていて、
果実がなくなったところで、わたしは終了にしました。
ここに到着した少し後に由良さんから、午前中に来たら雑炊が出来上がったら帰る、
午後来るなら配食の始まる13:00に来て終わったら帰る、
のどちらかにしてくださいと言われました。
無理をすると続かないから、とのこと。
帰りにも同じことを言われました。

終了して、向かいの寿生活館の中の労組の事務室にいる近藤さんに挨拶に行きました。
毎年作っている、「報告集」の18次2009年9月~2010年7月と
第19次2010年9月~2011年7月をいただきました。
近藤さんは、食事が出来上がる頃になると、大きな拡声器を持って、
炊き出しがあることを呼び掛けに、出掛けて行くのです。
20日(日)のヴェーダーンタ協会の例会で、
スワミ・メダサーナンダ・ジが近藤さんを紹介する時に、こう言われました。
「近藤さんには、もう瞑想もジャパも必要ありません」
瞑想やジャパは霊性の修行、心や魂の浄化の訓練です。
それをもう必要としないとおしゃったメダーサーナンダ・ジの言葉は、真実だと思います。
その例会の時もそうでしたが、なんの気負いもなく、自然にこの行為をしていることが伝わるのです。
そしていつも明るいです。

「炊き出しがなくなる世の中になって欲しい」と例会で話されていましたが、
ホームレスは増え続けているそうです。
バブルがはじけて職を失い、再就職出来なければホームレスになるしかないのです。
誰でもホームレスになる可能性はあると、例会での話を聞いた時に思いました。
この、沢山の人手が必要な炊き出しを19年続けている近藤さんたち。
先の見えない仕事を、自分たちのことは何も主張せず続けていることは普通は出来ないことです。
「自分が、自分が・・・」と、人の気持ちは思いやらずに前に出て行く人が多い現実の中、
胸を打たれるものがあります。
また、由良さんやボランティアの方々みんな、明るく冗談を言いながら、
自分がすることをしている・・・・。必要なことをしている・・・・。
それが自然で、みんな当たり前のように楽しそうにやっています。
一人でやや緊張してやって来たわたしも、終了後はとても明るい心持になっていました。
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-26 17:53 | 炊き出しの会のこと | Comments(0)

カルマ・ヨーガ

カルマ・ヨーガは、自分の生活を支えるための仕事と同じではありません。
また、無料奉仕、社会奉仕だからカルマ・ヨーガとは言えません。
前にこのブログに書きましたが、霊的奉仕をカルマ・ヨーガと言います。
社会で沢山働いたから、カルマ・ヨーガを免除されるということはないのです。
人から「これをしなさい」と言われてするのも、カルマ・ヨーガではありません。
自分から進んでするものです。
その辺が曖昧なまま行っているのは、唯の形式にすぎません。

グルディブ・スワミ・シヴァナンダ・ジはインテグラル・ヨーガと言って、
一つのことだけでなく、バランス良く学ぶ・行うことがヨーガだと言っていました。


b0237103_2358636.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-23 23:59 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

追憶~若きカメラマンのこと

昨日、友人から「危険地帯に行くのが好きね」と言われました。
その時の『危険地帯』とは、人間関係の場のことです。
「そう・・・?確かにそうかも?」
小さい頃から危険を顧みないところがあるのです。
そうそう、以前も別な友人に同じようなことを言われたっけ・・・。

そうして、連想したのは『地雷』。
更に思い出したのは、一冊の本でした。
インドシナ戦争を撮影に行ったまま帰らなかった、
若き戦場カメラマン、一ノ瀬泰造が書いた「地雷を踏んだらサヨウナラ」。
遺骨がカンボジアで発見されてから丁度30年。
その頃この本を読み、ガツン!!と強烈な一撃を喰らったまましばらく立ち直れなかったのを覚えています。
生きる目標を見失っていた時、まっすぐと言うにはあまりに鮮やかな生き方に打ちのめされたのです。

『危険地帯』から帰って息消沈していたけれど、
泰造の本を見て、命甦った・・・・。

b0237103_23111156.jpg
 
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-23 23:14 | 祈りの言葉 | Comments(0)

朗読は生きている

一昨日、ふたたび「ひねもす語りの会」に行きました。
また、この日も満員御礼です。
初日から4日目、語りはどのように変化しているのか、とても気になりました。
気がつくと、語り手の松橋登さんの正面の席に座っていました。
森鴎外と松橋さんの呼吸が一つになって、その物語を生きている・・・。
その世界を、聴き手も一緒に生きた、と思いました。
松橋さんが、物語の本質に向けて進む、まるで求道者のように見えました。
心から拍手を、今も送りたい気持ちです。
また、是非聴きに行きます!!



b0237103_123038.jpg


素晴らしい場を創ってくださった、ひねもすのたりさん、ありがとう!
そして、お疲れさまでした。
[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-23 01:29 | アートの時間 | Comments(0)

Don‘t expect anything~なにも期待しないこと

「瞑想するとき、何も期待しないこと!Don‘t expect anything」
まだリシケシに行ったばかりの頃、スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジはこう言った。
帰国し、或る日ノートを見て思い出してから、瞑想することが楽になっていった。
一体わたしは何を期待していたのだろう?
瞑想に限らず、期待が混じることはすべてエゴ。

スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジが日本に来て、滞在期間の後半はいろんなことが起きた。
いろんなこととは、わたしにとって好ましくないこと。
「わたしには、友人も敵もいない。好きも嫌いもない。」
スワミジはそう言った。
自分は他の人よりはスワミジにとって特別な人だ、そう思っていたのでショックだった。
すごく腹立たしかったのを今も覚えている。
でも、サンニャシンとしてはあるべき態度だと頭では理解していた。
サンニャシンとはすべてを放棄した人で、オレンジの衣は煩悩を焼き尽くす炎を表しているそうだ。
友人も敵もいない、代わりにどの人も同じに受け容れる。
平等に見る。
もちろんこのように正統なサンニャシンばかりではない。
俗世間の人と同様にエゴが沢山あって、女に恋したり利用したり、お金や物が欲しいサンニャシンもいる。
その方が多いかもしれない。

b0237103_0233923.jpg



この時、腹立たしい感情と頭でわかってることの間で、強い葛藤が続いた。
身体の具合が悪くなった。
一体わたしは何を期待しているのだろう?
自分を特別な者として思ってくれたら、きっとスワミジを尊敬出来なくなっただろう。
嫌いになっただろう。
そう思いながら、やはり釈然としない気持ちが残った。

しかし、今はもう腹立たしくない。
スワミジのあり方・・・エゴを一瞬一瞬放棄していく姿(きっとすごく気づき続けているに違いない)は、
わたしの中に大きな影響を残したのだ。
「友人も敵もいない」
そのことこそ、わたしも目指す道だと気づいたから。




b0237103_0331217.jpg

[PR]
by haru-ha-akebono | 2012-05-22 00:38 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)