はるはあけぼの ヨガDiary

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シャクティの力とは

時折ブログに登場する憩えるカフェのひねもすのたりに、わたしのヨーガ教室のチラシを置かせて貰っています。
しかし、わたしがあまり集客に熱心ではないとオーナーのMさんは気がついているらしく、
わたしのことをあまり社会経験のない「深窓の令嬢(老嬢!?)」だと思っていたそうです。
そんなことはありません。
美大を卒業して、婦人服地やスカーフの柄をデザインする仕事に就きました。
業界ではデザイナーなどとは言わず、「図案屋」と言う職業です。
もう、今は死語となっているのかもしれません。
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仕事は順風満帆ではありませんでした。
働き出して数年経つと黒い服が流行り出して、プリントを生産する会社が次々と倒産し出したのです。
下請けをしていた「図案屋」は、仕事が無くなっていきました。
朝は世間並みの9時から、夜は9時頃まで働きましたが、
残業手当などは付かず、一日座っているので、或る時ひどい腰痛になりました。
過酷ではあるけれどもやりがいのある好きな仕事でした。
しかし、この腰痛と職場の倒産が重なりまして、そこでヨーガというものに出会ったのです。
出会ったと言ってもその時は体を動かすヨーガではなく、インドのタントラ思想です。
今はOSHOと言われているバグワン・シュリ・ラジニーシの本を高校時代の友人が貸してくれて、
「こんな面白い自由な世界があるのか!!」と驚きました。
また、倒産した職場の同僚が横尾忠則の「インドへ」を貸してくれたのがきっかけで、
しばらくしてインドへ行くことになるのです。

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横尾さんの「なぜ僕はここにいるのか」という本も、
倒産や、完治まで半年かかった腰痛で少し立ち止まったわたしの心に、
波紋を投げかけました。
それまで美術一直線だった世界が、少しずつ方向を変えて行ったのです。
美を追求する世界にとどまりたい気持ちと、精神世界を追求したい気持ちが
せめぎ合うようになりました。
今は、本物の美や芸術は精神世界とはなんの矛盾もないと理解出来るのですが、
その時の自分の求める美術は自己中心の世界だったのです。

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そのせめぎ合いをどっちにも決めず、心というエゴのまま彷徨って来たのです。
いいえ、大きな力によって動かされてきたのでしょう。
ヨーガ教室の生徒さん集めについては、確かに熱心ではないかもしれません。
でも、チラシやブログで宣伝はしています。
来ては去って行く人、定着する人・・・。
ヨーガは自分の修行なので、人に強く勧誘はしません。
以前はしていたこともあったのですが、ヨーガほど『縁』でつながるものはないと思うようになりました。
その人にヨーガが必要なら、必ず始める時が来るからです。
出会う先生もきっと、決まっているのでしょう。
自分がそうでしてから、・・・そうとしか思えないのです。
そして、リシケシでのヨーガの先生であるスワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジ
は、以前こんなことを言いました。
「ヨーガの生徒は、来る人や人数が決まっている。だから、それについて思い煩う必要はない。」
おんなじことを、伝説のヨーギー、ペア・ウインターさんも言っています。

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by haru-ha-akebono | 2012-07-28 01:14 | シャクティの力 | Comments(0)

シータリー~冷却の呼吸

梅雨が明けて、今年も猛暑となっています。
ほぼ毎日昼前、ケータイに「きょうの電力使用量は90%」と出てくると、更に暑く感じます。
今日は、横浜寿町での「炊き出しの会」の日。
日本ヴェーダーンタ協会は、今日から2泊3日でリトリート(泊りがけの集中修行会)が行われるため、
ナーラーヤナ活動のリーダーをするSさんはそちらへ。
わたしは、先月の帯状疱疹が完治まではいかないので、リトリートには参加しないで寿町に来ました。
雲がほとんどない青空ですが湿度は昨日ほどなくて、
風が吹くと東京より涼しいのです。

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正午のラジオ体操  右に見える顔は「炊き出しの会」の近藤さん


とは言うものの、配食が始まると頭がボーッとしてきました。
炎天下、作るガス台の前は40度は超えていたでしょうし、
配食の台や列が出来る所は遮蔽物が何もないので、やっぱり暑いのです。
リシケシも、3月下旬になると日中は40度を超えますが、暑い時間に野外にいることは
あまりなかったのだと思います。
今日、予想以上に日焼けをしました。
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ヴェーダーンタ協会からの支援物資のバナナ

作る人も、食事を貰う人も配る人も、みんな暑くて
先月までとは顔つきが違っています。
色々と書きたいのですが、思考が途中で停止したようになって、よく覚えていないのです。
シータリーという体を冷やす呼吸法があったのを思い出したのは、配食が終わりに近くなった頃。
わたしが初めてナーラヤン活動に参加したのは4月で、暑くも寒くもなかったのです。
寒い時、暑い時、とても大変なのは想像は出来ますが、実際のところはやってみないと分かりません。
この活動をずっと続けている方たちに、本当に頭が下がります。
そして、人々を活動へと動かしている『力』の存在・・・・、それを考えずにはいられませんでした。
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 拡声器で配食を知らせる近藤さん
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by haru-ha-akebono | 2012-07-28 00:11 | 炊き出しの会のこと | Comments(0)

生きる

学習とは、瞬間から瞬間への動きである。

あなた自身について考えないこと、
しかし、思考・感情・行動に気づきなさい、
それが、あなたに自分自身について考えさせるのだ。

観念を持っているかぎり、
あなたは、真実とは何かを決して悟ることはない。

                   ・・・ジッドゥ・クリシュナムルティ


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by haru-ha-akebono | 2012-07-26 23:40 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

忘れ得ぬ佳人

4月に中国人の友人からメールが来たのですが、
どうしても開かないので、昨夜になってメールをしてみました。
すると今朝彼女から返事が来ていて、
4月のメールはメールボックスを悪用された迷惑メールだったそうです。
彼女Cとは、リシケシのシヴァナンダ・アシュラムのサンスクリット語教室で知り合いました。
教室と言っても寺子屋のようなもので、アシュラムの郵便局の仕事をする
スワミ・ハムサナンダ・ジが教えてくれるのです。
スワミジは自分の仕事をしながら、一人ずつのレベルに合わせて、読み書きやチャンティングや
聖典の内容を教えてくれます。
スワミジは、英語・ヒンドゥー語・サンスクリット語の他に、自分の生まれ故郷のテルグ語を話します。
そして、チャイニーズレディのCは、英語・中国の自分の住む州の言葉・日本語・サンスクリット語
を話します。
日本語が出来るのは、仕事で何度か来日したことがあるからだそうで、
ゆえにわたしはCとまるで日本人同士のように仲良くなることが出来ました。
英語やサンスクリットを教えてくれて、わたしのことを名前にちゃんをつけて呼ぶので、
彼女の方が20歳近く年が下なのに、まるで姉のようでした。
Cはシヴァナンダ・アシュラムの近くのダイヤナンダ・アシュラムという
ヴェーダーンタの聖地として有名なアシュラムで、哲学やサンスクリットを学んでいました。
そして、午後になるとこの郵便局の事務室に来て、1~2時間学んでいました。
才女で美人で、昔の日本女性のように気配りが出来て、ヨーモアがあって、
しかしはっきりと自分を持っているCは、今も忘れられない人です。

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わたしは、日本でわずかですがサンスクリットを勉強していたので、
初めて寺子屋に行ったその日から、「バガヴァッド・ギーター」を読み書きすることになりました。
読むのは声に出すのではなく、英字表記をしてスワミジに見てもらうのです。
書くのは、スワミジが書いてくれたスローカー(節)を、ノートの1ページ書き取りするのですが、
このおかげでデーヴァーナーガリー(サンスクリットの文字)を、
いちいち教科書を見なくても読めるようになったのです。
チャンティングはもっと先にならないと教えてくれないとのことでした。

2度目にリシケシに行った時、郵便局でCと再会しました。
再び共に学ぶ日々が続きました。
そして、Cは本腰を入れてダイヤナンダ・アシュラムでヴェーダンタを勉強したいと、
3年間有効の学生ヴィザをとるために帰国することにし、
わたしの帰国に合わせて一緒にタクシーでデリー空港まで行きました。
6時間に及ぶ車での移動中も、
気を使ってお菓子をくれたり、サンスクリットで「タットワ・ボーダ」を読んでくれたり、
パソコンに入れて編集した写真を見せてくれたり。
日本語で話をするので、まるで日本人といるようですが、
精神はやはり日本人ではないのです。
その気遣いの背景には、他者と自分という独立した個を大切にする精神が感じられました。
また、中国での生活ぶりやインド滞在中の話は、
同年代の日本女性とは比べようもないほど、自由人で自立した大人なのです。
リシケシでのまたの再会を楽しみにしてデリー空港で別れたのですが、
それ以来Cとは会っていません。
中印関係は決して良いものではなく、ヴィザが下りなかったためです。
その後、ヴェーダーンタはどうなったのか、再びインドに行くチャンスはないのか、
次回のメールで聞いてみるつもりです。

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 サンスクリットの勉強の合間に出るお茶とお菓子
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by haru-ha-akebono | 2012-07-20 01:00 | 聖典を学ぶ | Comments(0)

わたしと歩こう

海の靄の中に 
昇る朝日の暖かさに
葉ずれの音の中に
雨の最初の一滴の匂いに
わたしを見い出しなさい
そして、あなたのハートの光の中に

         ・・・・スワミ・チダナンダ


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by haru-ha-akebono | 2012-07-19 23:51 | 祈りの言葉 | Comments(0)

働き

先日、インド大使館で行われた「バガヴァッド・ギーター」の講義の中で、
スワミ・メダサーナンダ・ジは『何の準備もなく、急に識別の道には入れない』
と話されました。
識別の道とはギャーナ・ヨーガと言い、「何が実在で 何が非実在か」を自分に問いかけていく実践です。
この時、ラマナ・マハルシとクリシュナムルティの名前がスワミジの口から出ました。
この識別は、心が清らかにならないと実践が出来ないと言うのです。

人の内的世界は沢山の矛盾を抱えています。
それを少しずつ清めていくには、働きのヨーガ=カルマ・ヨーガが必要であること、
また人は1秒も働きから離れていることは出来ないこと、
そして、働いてお金を稼がないと人は生活していくことが出来ないこと、
ゆえに『働き』はとても大事だということです。
心の浄化は瞑想だけでは不可能で、それだけですとプライドだけが高くなるからとても危険だそうです。
スワミ・ヴィヴェーカーナンダ・ジが放浪中に、
世間から離れて洞窟の中で瞑想だけしているサンニャシンに出会ったときのことが例に出ました。
そのサンニャシンは、瞑想せずに世間で働く人を自分より低く見るようになったそうです。

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世間は、自分は誰かを教えてくれる場所なのですが、
勘違いが起きると、世間は清らかでないから、
世間の俗な考えの人からは距離をおき、清らかな人とだけ付き合っていこうと考えるヨーギーや
ヨーギニーが出てきます。
これではなんのためのヨーガの実践なのかわかりません。

今読んでいるクリシュナムルティの「四季の瞑想」には、『自己知』という言葉が出てきます。
世間の他者、友人、家族との関係で自分はどのように反応しているか、
どんな態度をとっているかに気づくことが『自己知』で、
人が抱えている数限りない問題を理解するためにはこの『自己知』が必要だと言うのです。
これは、自分と対している他者を眺め審判することではありません。
自分の反応を自分で知ることで、それはあるがままを見るのであって、
理想の自分として見ることではありません。
これを実践するためには、やはり世間から離れては出来ないのです。
世間の中で活動しないと出来ないのです。

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by haru-ha-akebono | 2012-07-17 23:30 | 聖典を学ぶ | Comments(0)

夏が来た!!

今日は30度を超える猛暑日となりました。
しかし風は強く、窓を開けているとクーラーなしで過ごせました。
朝ご飯は、冷や汁かけご飯です。
ご飯も昨夜の残りですが、暑さのためにほどほどの温度で冷や飯ではありあませんので、
この上から昨日作った冷や汁をかけました。
これは山形の郷土料理だと、先日奄美の田町さんから作り方を教わりました。
その日、ひねもすのたりでランチに出たのです、この冷や汁。
奄美のきゅうりやオクラが入っていました。
きゅうりや茗荷、大葉、オクラや茄子など、夏の野菜を小さめに切って
みりん+醤油+出汁(椎茸と昆布、かつお出汁もOK)を煮て冷ました汁に漬けておくだけ。
山形では、ここにだだ茶豆を入れるそうです。
ネバネバ系の野菜は必須です。
冷たく冷やして、温かいご飯やそうめんにかけて食べる夏ならではのメニュー。
クーラーを使わずに過ごしている人は、体を冷やす必要がありますので、
これは最適の献立です。

                                          冷や汁のランチ
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さて、昨夜の残りご飯が冷たくないのは、御ひつに入れておくからです。
御ひつですと、夏でも一晩くらいは常温でおいておけます。
我が家には炊飯器や電子レンジはありません。
オーブントースターも電気ポットもです。
ご飯はお釜で炊く方が、早いし美味しいです。
電子レンジは食材の栄養素を変えてしまうし、温めても急速に冷えることが気になって
使用をやめました。
パンや焼く必要がある物は、お魚焼きグリルで焼くととっても美味しいですし、
冷ご飯は蒸し器で温めます。

                             
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 田町さんと奄美の大きゅうり
                    



今、田町さんがひねもすのたりで出しているランチ=定食は
奄美の食材を使ったマクロビオテック料理です。
わたしも、何年か前から自己流ですがマクロビオテック料理を作っています。
玄米菜食を始めた時はまだ、マクロビオテックのことは知らなくて
単に菜食でしたから、白くない砂糖は使っていたし卵や乳製品も食べていました。
玄米菜食を始めたきっかけは、ヨーガ教室に通い始めて1年目にした断食でした。
その教室には、年に3回通って出来る断食コースがあるのです。
断食が終わって菜食を始めたのです。
そして、何回目かの断食のあと、マクロビオテックの本を読んで、
自己流ですが理論を取り入れて作り、食べるようになりました。
時間がなくて料理教室には通えなくて、なーんちゃってマクロなどと言っていました。
玄米は何年か食べて体質が変わったのか
或る時急に食べたくなくなり、以降5分搗き米に替えました。
自然に、季節に沿った食事をするようになり、
冬にトマトを食べるとか、夏に根菜を食べるとか、そういうことはしなくなりました。
流行の食事(!?)もしなくていいし、出来たお惣菜は買わなくなりました。
でも、時々甘い物も食べるし、外食もします。
ある時期、なんでも一度は熱中する性質なのでお菓子までマクロビオテックで作っていました。
そうやってはまってみて、体がバランスを快復していくと
その時に必要な食べ物がわかってくるのです。
体が勝手にです。
先日、帯状疱疹になった時は100%オレンジジュース(国産)が飲みたくて、よく飲みました。
試しに同じシリーズのリンゴを飲んだらさほど美味しく感じませんでした。
そして、病気が治るともう飲みたくなくなりました。
柑橘類は、疲労回復効果があるのです。

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 これは西荻窪のバルタザールの玄米ランチ
       


さて、田町さんの作った料理は18日までひねもすのたりで食べることが出来ます。
また田町さんが愛読している、若杉友子さんの「これを食べれば医者はいらない」はとても面白い本です。
わたしがマクロビオテックを知った本は、
大森一慧さんの「からだの自然治癒力をひき出す食事と手当て」です。
これはマクロビオテックの基本である陰陽についても、わかりやすく書いてあります。

最近、ストレスでお菓子ばかりをやけ食いしてしまうとか、
甘いお菓子だけを食事の代わりにしているとか、そんな話を聞く機会がありました。
その食品が何処から来て、何から出来ているのか、誰が作ったのか、
そういうことを何も考えなくても食品が手に入る時代なのです。
でも、食材が体を創ることは確かですし、精神にも影響してきます。
食物の摂取に責任をもって自分で食材を選ぶことが
まずは自立の始まりだと思うのです。
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by haru-ha-akebono | 2012-07-17 01:22 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

グルディブ・スワミ・シヴァナンダ・ジ

一昨日、グルディブ・スワミ・シヴァナンダさんの小さな写真集をいただきました。
アメリカに住む、シヴァナンダ・アシュラムのスワミ・スーリヤデーヴァナンダ・ジからです。
出家前に日本に住んだことがあり、桜が大好きなスワミ・ジに
この春の桜の写真を送ったのですが、そのお返しに送られてきたのです。
葉書サイズで10ページ。
スーリヤデーヴァナンダ・ジのお手製です。

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沢山のシヴァナンダさんの写真を見ていると、気持ちが穏やかになってきました。
永遠を見ているような目。
裏表紙には『Be Good Do Good』と小さく書かれています。
簡単なようで、良いことを思うのは難しいことです。
良いことを行うこともです。
行いに心をこめていなければ、それはただの動作に過ぎません。
サマディ・シュラインの壁にもこの短い言葉は書かれていて、
何度も目にしてきたのですが、この記事を書きながらあらためて言葉の深さと重さを考えています。
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by haru-ha-akebono | 2012-07-15 01:13 | 祈りの言葉 | Comments(0)

心は最良の友にもなり、最大の敵にもなる

午後、九段下のインド大使館で、日本ヴェーダーンタ協会の東京例会が行われました。
今、「シュリーマッド・バガヴァッド・ギーター」の第2章を学んでいます。
まず初めに、第6章の1~10節の朗唱がありました。
協会の会長スワミ・メダサーナンダ・ジと参加者が共にサンスクリットで朗唱し、
日本語訳を二人の参加者が読みました。(今日は、わたしに廻ってきました。)
5、6節には「自我心を克服した人にとっては、心は最良の友、
それを克服できない人にとっては、心は最大の敵となる」
と書いてあるのです。
このことは、一昨年来日したスワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジもしばしば言っていたな~、
と思い出しました。
来日時のレクチャーが「バガヴァッド・ギーター」だったのですが、
それ以外の時でも、リシケシでもよく話していました。

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また、たまたま昨夜、You-tubeで、「クリシュナムルティの名言~愛あるところに」を観ていたのですが、
最後に、『敵は他人なのではない。敵はあなた自身の中に存在している。』
という言葉が字幕で出てきたのです。
まさに、同じ事を言っているのです。

全ての問題を生み出している心。
自我は永遠ではなく、絶え間なく変化しますから、これに引きずられて生きる限り
幸せにはなれないのです。
過去に愛着を持ったり、体に執着して死を恐れるのも、その心が原因です。
ヨーガの哲学では、永遠であるものとそうでないものを識別します。
それは、自分の感覚や心などを通して、です。
他人がどうのこうのと、あたかも実態が外界にあるかのように思ううちは、まだ識別は出来ません。
その話も、今日メダサーナンダ・ジから出ました。
いきなり識別の道には入れないと。
それは、また後ほど書くことにします。


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by haru-ha-akebono | 2012-07-15 00:51 | 聖典を学ぶ | Comments(0)

病気もシャクティの姿

帯状疱疹は一応峠を越えて、普通に生活をしても良いと、医師からのお達しが出ました。
翌日、その翌日と、二日間とも短時間なので出かけました。
すると、夜に微熱が出たのです。
そして、夕方になるとだるくなることが続き、心配になってふたたび皮膚科に行きました。
普通に生活していいと言うのは、ぼちぼち始めていいと言うことで、
思ったより怖い病気なのだそうです。
体に出来るぶんには、痛みの後遺症が残ったとしても命には別状はないそうです。
しかし、顔に出来ると骨髄炎を起こすことがあり(骨髄にウイルスが進入すると)、
そうなると高熱が出て入院しなくてはならないそうです。
完治には1ヶ月くらいはかかるそうで、あなどってはならないと言われました。
それから、またスローペースな日々となりました。
集中して何かをすると、左目の奥や頭が痛くなるため、短時間で済ませます。
のんびりすると言っても、TVを観るとやはり目が痛くなります。
(正確には顔の奥が痛いのです)
パソコンも同様の結果となるので、ブログも長くは書けません。
始めたのが、朗読の練習!

そんな時、何気なく目にしたヨーガの資料にスワミ・サティヤーナンダ・ジの講話が載っていて、
そこに書かれていたことは、
「ヨーガを行っていて病気になるということは、毒素を排出していることを示している。
 毒素を排泄することは、自然の最も基本的な法則だ。」
という言葉でした。
私たちは、病気というとすぐにネガティブな印象を受けてしまいがちですが、
そうではなく、体の中の不純物を排出することは浄化の過程なのです。
病はまた、疲れが溜まっているサインだったり、
それまでの生活を見直すきっかけを与えてくれたりします。
大事に至る前に休みなさい、という内的な世界からのメッセージなのでしょう。


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付け加えますと、ぼちぼち普通に生活をしていいですと言われた日から、
ヨーガ・アーサナやプラーナーヤーマー、瞑想を再開しました。
(病気の時は行いません)
すると、やはり・・・病が癒えていくのが手に取るようにわかるのです。
痛みはあっさりしてきました。
でも、くれぐれもお大事に~!!フォー・ミー。
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by haru-ha-akebono | 2012-07-10 00:34 | シャクティの力 | Comments(0)