はるはあけぼの ヨガDiary

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リトリート in 伊豆7~生きた聖典の学習

スワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジが来日されて、
初めて東京でされたサット・サンガの録音したものを、今日文字に起こしてみました。
まだ3分の1ほどきたところです。
ヒマラヤは天国のような場所だと聞き、天国を見てみたいとリシケシに到着したことを
初めのほうで話されていました。
伊豆のリトリートの時のほど詳しい話しではなかったのですが・・・。
シヴァナンダ・アシュラムの人(おそらくレセプションの人)に
「遠く南インドから来たのなら、泊まっていきなさい」
と言われるのですが、「お金がなくて泊まれない」と心中思ったスワミジに、
会場でお話しを聞いていたとき、ふと疑問を持ちました。
4日かけて南インドの自分の家からはるばるリシケシに着いたときには、何処かに泊まるお金はなかった。
「泊まっていきなさい」と言われる前に、アシュラムの人がチャイを出してくれたときも、
スワミジは「お金がありません」と言うのです。
ヒマラヤに天国があるなら見てみたい、
と家を発った26歳の若者は列車のお金が精一杯の財産だったわけです。
その時、スワミ・ジはどんな気持ちだったのか・・・。
想像に難くありません。

伊豆のリトリートでは、アシュラムで働きながら修行を始め、大事な鍵をなくし、
クリシュナナンダ・ジから出て行くように言われ、悲嘆のうちに眠った夢に顕れたグルディブに助けられる、
感動的なお話しを伺うことが出来ました。
そのお話を伺ってから、ヨーガスワルパナンダ・ジがとても身近な存在に感じらるようになりました。
今までは、役職を持った方でお忙しい方、既に高みに居られるスワミ・ジと、遠い存在だったのですが、
悩み苦しみ、修行を続けて今日までいらした道のりが感じられて、
レベルが違うでしょうが、とても励まされるのです。

グルディブ・スワミ・シヴァナンダ・ジの新刊「ヨーガと空の科学」にも書かれていますが、
聖者や修行者と交わることは、霊性の探求にはとても重要なことなのでしょう。
聖典の学習も大事ですが、正しい修行の道を歩いている方とじかに接することは
何にも増して貴重な、大きな体験でした。
3日間のリトリートは、その後の日常生活を少し変えました。
『朱に交われば赤くなる』
この言葉の通りです。
グルディブが、悪い人々と交わってはならない、
と本に書いているのは、この反対のことはもっとたやすく起こるからなのでしょう。
そのことも、とてもリアルに想像できました。

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続く・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-31 00:58 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆6~三つの頭蓋骨

ヨーガスワルパナンダ・ジと過ごした伊豆のリトリートの初日は、
会の主催者であるシャンティ・ヨガ・クラブのマキ先生の挨拶から始まりました。
伊豆まで来る電車の中で、スワミジからこんなお話しを伺いました、と言って先生が話してくれたことは・・・。
「人間には三つのタイプの頭蓋骨がある。
 一つは、善い話を聞いても左の耳から右の耳へ通り抜けていってしまう。
 二つ目は、善い話しを聞いて、すぐ口から出て(人には話すが)そのまま出ていってしまう。
 三つ目は、善い話が耳からハートに入っていく。聞いたことを実践する。」

頭蓋骨、と聞いた時は何のことだろうと思ったのですが、
なるほど・・・・。
自分も、善き話の何割かは聞いても忘れているはずです。
聞いていいな~、と思った後に人には話すけれど、実践しないことも多々あります。
そして、沢山聞いてきた話のごく何割かを心にとどめ、少しは実践しているというところです。

ヨーガを教えるようになってまだ日が浅いのですが、
ほとんどの方は、ヨーガは単なる体操だと思って教室にやって来ます。
ヨーガの聖典の善き話や、精神的なことを話すとすぐに忘れます。
しかし、その多くの人たちは、他人から言われた批判や否定的な言葉は、忘れずに心に留めているのです。
それが人々を苦しめています。
心の苦しみが、身体を痛めつけるのです。
心を自分の本質だと勘違いしているので、こうなってしまうのですが、
ネガティブなことは受け入れるけれど、ポジティブなことは受け入れにくいのでしょうか。
スワミジの頭蓋骨のお話しを伺ってから、しばらくしてそのことに気づきました。
この現象、つまり否定的なことのほうが、肯定的なことよりも受け入れやすい・・・。
なんだか不条理な気がしますが、
これこそがまさに、マーヤーの力なのでしょう。
自分の苦は他人のせいではなく、自分の問題で自分で何とかしなくてはならないと理解した時に、
頭蓋骨はハートとつながるのでしょう。

苦悩する沢山の人々と接してきたであろうヨーガスワルパナンダ・ジのお話しは、
大変説得力があり、わたしの耳からハートへ深く降りてきたのです。



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 シヴァナンダ・アシュラム=ディヴァイン・ライフ・ソサエティのサット・サンガ 右がヨーガスワルパナンダ・ジ
続く・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-28 23:46 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆5~ヨーガとは何か

「バガヴァッド・ギーター」のテーマ、この聖典でのヨーガとは何か?
リトリートの2日目の講義の時に、こんな質問がスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジから出ました。
様々な答えが、参加者の口から出ましたが、どれも違っていました。
「ヨーガとは一切の苦から脱すること」・・・第6章23節。
そうスワミジはお答えになりました。

リトリートの講義やサット・サンガの時間は、スワミジが一方的に話されるのではなく、
スワミジから参加者へ、参加者からスワミジへ、質問をしたり答えたりして行われました。
そうしていると、聖典が急に身近に活き活きと感じられてきます。
「バガヴァッド・ギーター」とはカルマ・ヨーガの話、などとぼんやりと思っていましたが、
そうではなく、戦場を舞台に様々なヨーガを説いているのです。
その大事なエッセンスを3日間伺うことが出来ました。

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 シヴァナンダ・アシュラムのバジャン・ホールの壁に掛けられた「バガヴァッド・ギーター」の絵

続く・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-27 00:44 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆 4~私たちは家族

一昨日の晩、伊豆リトリートの主催者のマキ先生から電話があって、
ヨーガスワルパナンダ・ジがリトリートをとても喜んで下さった、
とのお話しがありました。
いつもニコニコされているスワミジですが、
3日間のリトリートでは、日ごとに笑顔の時間が長くなっていたようです。
最終日のクロージング・セレモニーは本当に嬉しそうに、
参加者の感謝の気持ちを受け取って下さいました。
スワミジはマキ先生に
「リトリートの参加者たちは献身的な家族のようで、自分もその一員となれて光栄だった」
とおしゃったそうです。
なんと嬉しいお言葉でしょう。

❤ ❤ ❤

何年か前、シヴァナンダ・アシュラムに滞在していた時に、
南アフリカからいらしていたご家族が、わたしと同行していた友人にある日、
「私たちはグルディブズ・ファミリー・・・グルディブ・シヴァナンダの家族ね!」
と言ったのです。

私たちは忘れているけれど、実は一つ・・・ONE。
そう、自我=エゴを捨てればいつだって家族!!

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  家族のように朝食を摂るスワミジとマキ先生 
  スワミジの朝食はジュースや果実にパンです。手前のてんこ盛りメニュウーは参加者のための物。

続く・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-25 00:44 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆3~何を放棄するのか?ターギー

伊豆リトリートでのヨーガスワルパナンダ・ジの講義は、「バガヴァッド・ギーター」でした。
初回、インドの聖典はどのように始まったのか、ヒンドゥー教は誰が創ったか、などの
スワミジからの質問で講義はスタート。
そして、「バガヴァッド・ギーター」のテーマは?
ずばり、「放棄」です。
以前このブログに書きましたが、「ギーター」をずっと続けて言っていると、
「ターギー」になり、それは放棄のことなのです。
さて、何を放棄するのでしょうか?
スワミジは、またわたしたちに問いかけました。
わたしはてっきり『欲望の放棄』だと思っていて、ブログにもそう書いてしまいましたが、
答えは『間違った思い込みの放棄』なのだそうです。
その詳細は、
 1、自分  2、目に見える世界   3、神様
この3つに対する誤った思い込みや概念を放棄することです。
既に『放棄』にたいする誤った思い込みをしていた自分に、この時出会ったわけです。
「バガヴァッド・ギーター」は、きちんと理解出来たら、
あらゆる生命を尊重できる存在に(その人は)なれる、とスワミジはおしゃいました。
まるでお母さんのようなものだと。

ヨーガスワルパナンダ・ジのお話しはとても丁寧できめ細かいものでした。
一つ質問をすると、その根本からお話しが始まりました。
例えば、「心の平静を保つにはどうすればいいでしょうか?」
という質問をすると、
「心とは何でしょうか?」
とこちらに質問が返ってきて、その心のことを丁寧に説明をして下さいました。

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一昨年、数人のヨーガの仲間とシヴァナンダ・アシュラムを訪れた時、
スワミジにダルシャン(質疑応答をしていただくこと)をしていただきました。
副総長ですからお忙しいです。
時間はわずか20~30分でした。
今回のリトリートのように懇切丁寧な講話は、
アシュラムに行っても通常はしていただけないのだろうと思いました。
なんとも恵まれた3日間だったのです。

続く・・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-25 00:16 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆2 ~グルの力

リトーリートin伊豆が始まったときに、スワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジが
シヴァナンダ・アシュラムに初めていらした時のお話しがありました。
ヨーガスワンルパナンダ・ジは南インドの方です。

ヒマラヤは天国のような場所だと聞いて、また友人がシヴァナンダ・アシュラムで修行をしていた
こともあって、お金はなかったけれど一度その天国を見てみたくて行ってみることにしたそうです。
わたしが初めてシヴァナンダ・アシュラムを訪れた時に、伺った話では
スワミジはその時26歳だったそうです。でもその時には、今回のような詳しいお話は出ませんでした。
リシケシに着いて、しかしヒマラヤの山は見えなかったので驚いたとか。
シヴァナンダ・アシュラムに行くと、友人はいなかったのですが、
レセプションの人が泊まっていきなさいと言ったそうです。
でも泊まるお金を持っていないとスワミジが言うと、「少し奉仕をしてくれれば、それで良い」との返事。
当時、事務長をしていたスワミ・クリシュナナンダ・ジにタイプは打てるか?と聞かれ、
打てるのでその仕事を授かった。
ヨーガスワルパナンダ・ジがアシュラムを訪ねた前の年に、
スワミ・シヴァナンダ・ジはマハ・サマーディに入られたため(肉体を離れること)、
肉体を持ったグルディブにお目にかかることは叶わなかったのです。

ヨーガスワルパナンダ・ジは、アシュラムの総長だったスワミ・チダナンダ・ジから
ヨーガアーサナやプラーナヤーマーを教わり、
それを実践しながらアシュラムでのご自分の仕事を務めて、そこで生活を続けることになったのです。
或る日、スワミ・クリシュナナンダ・ジから預かっていた大切な鍵(何処のか忘れました!)を
ガンガーで沐浴中に流してしまって、クリシュナナンダ・ジから激しく叱責され、
アシュラムから出て行くように告げられたそうです。
泣いて詫びても許してもらえず、悲しみのうちにその夜は眠りに就いた・・・。
すると、夢にグルディブ・スワミ・シヴァナンダ・ジが現れた。
起きて、ガンガーでまた沐浴をしたところ、
時間の関係で退いた水の中に、キラリ光る鍵を見つけたそうです。
その嬉しさと感激は、リトリートの場で話を伺っていても伝わってきました。
グルの力!!

聖者ラーマクリシュナにも似た話しがあります。
まこと、グルとその人を慕う弟子の結びつきの神聖さには、どなたも心打たれるに違いありません。

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続く・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-23 13:11 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

リトリート in 伊豆~スワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジと共に

今夕、伊豆から帰って来ました。
リシケシのシヴァナンダ・アシュラムの副総長ヨーガスワルパナンダ・ジを
お招きして行われた、シャンティ・ヨガ・クラブの秋恒例の合宿。
一昨年、初めて参加させていただいて、
しかし昨年は腕の骨折で参加出来なかったので、2年ぶりの合縮です。
その合宿に、今年はヨーガスワルパナンダ・ジがいらしゃる・・・、
ずっとわくわくしていました。
出発当日、乗車する電車のホームに既にいらしていたスワミ・ジにご挨拶した時は、
あまりに自然に新宿駅の風景に溶け込んでおられるので、驚きました。
見た目は堂々たる体格の方ですが、とても精妙で透明感を感じるのです。
そして、いつもニコニコ子供のような笑顔。
俗世間の方なら、苦悩や喜怒哀楽の皺が顔に刻まれている年齢なのに・・・。

伊豆のリトリートは二泊三日で、スワミ・ジは最も有名な聖典「バガヴァッド・ギーター」
の講義を、数回に分けてして下さいました。
夜は、シヴァナンダ・アシュラムにいるかのようなサット・サンガ。
スワミジの講話や、参加者全員のキールタン、マントラ、アラティ。
参加者は40名ほどで、
ここに集うことが既に決まっていたと思われる方たちばかりでした。

続く・・・・
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by haru-ha-akebono | 2012-10-22 23:33 | リトリートin伊豆 | Comments(0)

ヨーガは毎日の暮らし

リシケシのディヴァイン・ライフ・ソサエティから来日されている
副総長のスワミ・ヨーガスワルパナンダ・ジの講演が、護国寺の天風会館で行われました。
一昨年にリシケシでお目にかかった時の印象に比べ、
さらにニコニコ楽しそうに見えました。
講演のテーマは「スワミ・シヴァナンダの実践的ヨーガ」。
参加者はヨーガを深めたいと思う方たちでしょう。
内容は、どんなレベルの人にも理解できるものだったと思います。

スワミ・シヴァナンダさんは、出家してから560冊の本を書いた。
そして、教えることはすべて自分で弟子たちに実践して見せた。

また、Doingはエゴ。Happenはデヴァイン。
起こる事を受け入れて生きる・・・起こる事は神様の手によるもの。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく。
人が生まれてくるのは生まれたい欲が前世の終わりにあったからで、
今世で行う使命があり、その使命を終えるとその人は亡くなる。

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こんな話しが印象的でした。もちろん、お話しはもっと沢山ありました。
終始子供のようなニコニコしたお顔を見ていると、ディヴァイン・ライフ・ソサエティ
から臨むガンジス河を思い出し、リシケシに行きたくなりました。
ハリOM Tat Sat
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by haru-ha-akebono | 2012-10-17 00:33 | インテグラル・ヨーガ | Comments(0)

9月の炊き出しの会

8月は炊き出しの会はお休みでした。
7月の第4金曜日に「ナーラヤン活動」で行って相当暑かったから、
8月に炊き出しがあったら大変だと思いました。
9月はもう外にいても苦にならない気温でしたが、公園に着いた頃に小雨が降りました。
なぜか第4金曜日は雨になることが多いのです。
炊き出しは毎週金曜日にありますが、
わたしがヴェーダーンタ協会のナーラヤン活動で参加する日は第4です。
この日、毎年9月から翌年7月までの炊き出しの会報告集に載せる感想文を頼まれました。
600字で、会に参加した感想を書くのです。
書くことは苦にならないので、数日で仕上がりました。

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 この日果実は、ヴェーダーンタ協会からのバナナと、どなたかの寄付であろう梨でした

それから2週間ほどして、TVをつけるとあるドラマの再放送が映っていました。
以前観たドラマなので、ストーリーは覚えていました。
丁度、ホームレスである犯人の父親が、公園での炊き出しに来ているシーンでした。
事件の捜査をする刑事さんたちが聞き込みをしています。
そして、「炊き出しがあるから、こつこつ働くのが馬鹿らしくなるのではないか」
と一人の刑事がつぶやくのです。
わたしは、『それは違う』と、とっさに思いました。
以前観たときには何も思わなかったその台詞。
仕事がないこと、食事を選択出来ないこと、家がないこと、は辛いことです。
ドラマを創った人を非難する気持ちは全くありません。
唯、ホームレスの方々を取り巻く事情を知った後、
何かを選択出来ない生活に誰が好んでなるだろうか、と思うのです。
食事や着る物、住む家や場所を選択出来るって、すごいことです。
その時、心底そう感じました。
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by haru-ha-akebono | 2012-10-14 23:31 | 炊き出しの会のこと | Comments(0)

ターギー 放棄する

北インドのリシケシにあるディヴァイン・ライフ・ソサエティから
副総長のヨーガスワルパナンダ・ジが、10日に来日されました。
東京では来週、護国寺の天風会館でサットサンガが行われます。
今から楽しみです。
ヨーガを学ぶ人たち数名のグループで、
2年前にディヴァインライフソサエティ=シヴァナンダ・アシュラムに滞在した時、
スワミ・ジにお目にかかり質疑応答をしいただく機会に恵まれました。
その時、「バガヴァッド・ギーター」の話しが出ました。
『ギーターを続けて言っていると、ターギーになる。ターギーとは放棄のことです。』
スワミ・ジのその言葉は今も忘れません。
あらゆる欲望の放棄。
おおいなる存在にすべてを委ねること。
スワミの着るオレンジの衣は、欲望を焼き尽くす炎を表していると聞きました。
護国寺ではどんなお話しがうかがえるのでしょうか。

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            左から二番目の方がヨーガスワルパナンダ・ジ
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by haru-ha-akebono | 2012-10-12 00:04 | 聖典を学ぶ | Comments(0)