はるはあけぼの ヨガDiary

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向き合って、受け止める

昨日、美術のお手伝いに、保育園に行きました。
先日、ブログに書いた美術を重要なカリキュラムとして取り組んでいる保育園です。
朝、9:30から夕方の5:00過ぎまで美術の時間があります。
しかし、一日に行うのは、たった1つのクラスだけです。
美術担当の先生は、私が6年ほど前に、
介護や障害児童の方々を対象とする美術を学んだ時の先生でした。
今は、先生も私も、その時の学び舎や資格を離れ、
プログラムの枠も自由に展開して、活動をしています。

昨日も、2時間の子供たちの美術の時間には、
様々なことが起こり、さながら、映画を観るようでした。
2時間といっても、早く終わった子は、まだ描き続けている子たちが
絵具で汚す床を雑巾で拭いたり、好きな遊びを始めたりします。
先生方は、何かを強制はしません。
掃除も自主的に始め、遊びも自由に始めます。
ここでは、先生方は、決して子供を叱りません。
話し合いで解決していきます。

子供たちの制作は、プログラム通りにならなくて良い、
どの様に発展しても受け止めていきます。
『今日のテーマ』に無理に引き戻しません。
美術は、子供たちにとって、遊びと同じであり、また大切な自己表現であるのです。

先日、カリキュラムの勉強に先生のアトリエに伺った時に
話題に出た、『おごり』ということがずっと頭に残っていました。

この園のように自由にさせていると、
大人の言うことを聞かなくなるのではないかとか、
歯止めが効かなくなるのではないか、
と思うのが一般の大人や世間と言われるものの考えではないでしょうか?
また、子供とは大人が『教え』ないと何も出来ない、知らないと思いこんでいる・・・。
自分が子供だった時、そうでしたか?
私は違いました。
幼稚園がつまらなくて、よく休みました。
あまり行かないので、親は心配したようです。
或る日幼稚園に行くと、担任の先生が、
「1カ月休まないで来たら、出席手帳の最後に金色の星のシールを貼ってあげる」
と言いました。
その月は、記憶では7月で、出席すると手帳に星のシールを貼ってくれて、皆勤だと、シールを貼る最後のスペースに金色のシールを貼ることになっていました。
でも私は、
「こんな小さな紙ぺら1枚なんか欲しくない。家で遊んでいるほうが楽しい。
 こんなシールで子供が喜ぶと思ってるの? 不思議」
と思ったのです。
ですから、その後も幼稚園をよく休みました。
また、この先生の言ったことは取引ではありませんか、子供を相手に!!
親が自由を認めてくれたおかげ(?)で、私は優等生にはなりませんでしたが、
でも、何かに歯止めの効かない人間にはなりませんでした。

ここの園で行っている教育は、特殊なのではなく、
保育の教科書に載っていて、保育士が学ぶことをそのまま
実践しているだけです、と園長先生から伺ったことがあります。

美術の時間の子供たち一人ずつの様子を振り返り、
今後の日常にどう活かしていくか?
そこには、子供たちは大人が『教える』存在ではなく、
私たち大人に『教えてくれる』存在だということが、
はっきりと表れていました。
そこには、『おごり』は存在しませんでした。


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by haru-ha-akebono | 2015-10-30 23:48 | アートの時間 | Comments(0)

ドゥルガープージャのこと

明日は、大田区大森にある大田文化の森という区の施設で、
ドゥルガープージャが行われます。
インドの女神ドゥルガーは、
娘である女神たちと息子であるガネーシャ、及びカーティケヤを従えた女神です。
それから、乗り物である虎も・・・。
毎年、在日ベンガル人の会で行われているこのお祭りは、
明日で26回目になるようです。
インドのベンガル地方では、何日も続くお祭りで、
最後の日はドゥルガーの像をガンガーに流します。
しかし、在日ベンガル人の友人Mさんは、日本ではそれは出来ないので、
祭典が済んだら女神像はトランクルームに仕舞って、何年か使う、と言っていました。
数年使用されたドゥルガーは、
新潟県十日町市にあるミトゥラ美術館に奉納されるそうです。

内にいる神を顕現されたお方には、女神は土の像ではなく魂を持つ女神に見えるのを、ヴェーダーンタ協会の会報「不滅の言葉」で読みました。



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ドゥルガープージャは、batjiapn@gmail.comから申し込みが出来ます。
日本人はどなたも、参加費1500円です。

ヴェーダーンタ協会のサイトはこちら




                           



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by haru-ha-akebono | 2015-10-16 14:33 | シャクティの力 | Comments(0)

聖母を讃える日

昨夜、『カーリープージャ』でネットを検索していたところ、
昨年の日本ヴェーダーンタ協会のカーリープージャについて
書かれているブログに行き当たりました。
時折、協会を訪問される日本の宗派の僧侶の方が書かれたものです。
読んでいますと、
気持ちが静かになって、無駄なものが消えていくようでした。
こんな風に事象や人をとらえることが出来るのは、
書く人の気持ちが澄んで清らかだからなのだろうと思いました。

続けて読み進むと、
前回、このブログに書いたスワーミー・ヴィヴェーカーナンダの言葉と同じ
ものを載せていらっしゃいます。
私は、今年はラーマクリシュナミッション本部で迎えた
スワーミージーの生誕祭の日本支部での祝賀会のことを書かれています。
心洗われる内容に、思わず引き込まれていました。

カーリープージャは2014年10月24日
スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ生誕祭は2015年1月20日に書かれています。




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by haru-ha-akebono | 2015-10-16 00:06 | シャクティの力 | Comments(0)

1001回目の挑戦

「失敗を恐れてはいけません。
 人間が失敗をするのはごく、自然なことなことであり、
 人生の面白いところなのです、失敗のない人生とは一体どんなものなのでしょう。
 苦しみもがくことのない人生なんて、
 まことに味気ないものに違いありません。
 ・・・苦しみや間違いを避けてはいけません。
 ・・・なんべんでも理想を掲げ、もし1000回失敗したら、
 1001回目をもう一度挑戦しなさい」~スワーミー・ヴィヴェーカーナンダの言葉~

 昨日、インド人の友人と谷中の方へ出掛けました。
 ランチをしたお店にあった観光用のイラストマップに、
 『岡倉天心旧居跡地』とあったので、
 話はスワーミー・ヴィヴェーカーナンダと岡倉天心の交流のことになりました。
 帰宅後、スワーミージーと日本との関係を書いた本を読み直しますと、
 スワーミージーの言葉集が巻末にあり、上に記した言葉が載っていました。

失敗を恐れてやりたいことをあきらめる人は多いのではないでしょうか?
失敗すると変?
間違うと取り返しが効かない?
そんなこと、この言葉で吹き飛んでしまうでしょう。




 
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by haru-ha-akebono | 2015-10-14 21:35 | シャクティの力 | Comments(0)

この葉のように生きる


「風の中の落ち葉のようにこの世に生きなさい。
 そのような葉は、ある時は家の中に、ある時はごみの山に吹きやられる。
 木の葉は風の吹くままに飛んで行く・・・ときには良い場所に、  
 ときには悪い場所に。
 いまや、神がお前をこの世におおきになったのだ。
 結構なことだ。ここにいなさい。」  『ラーマクリシュナの福音』第33章から

人は、ここに置かれたり、そこに置かれたりしているだけ。
何一つ、自分の意思でしていることなどない。
置かれた場所で、その方の意思のまま、道具になればよい。

  
 
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by haru-ha-akebono | 2015-10-10 22:23 | シャクティの力 | Comments(0)