はるはあけぼの ヨガDiary

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聖夜のこと

24日、クリスマス・イブを祝う集まりが、
逗子の日本ヴェーダーンタ協会で行われました。
ヴェーダーンタ協会はインドのラーマクリシュナ・マト&ミッションの
日本支部で、ヒンドゥーのお寺なのですが、
「信仰の数だけ真理への道はある」という、
ラーマクリシュナの説いた教えの通りに、あらゆる宗派を拒否せず、
礼拝するのです。
この夜は、何曲かのキャロルを参加者で歌い、
協会長のスワミジの聖書の朗読と講話がありました。

この数日前、新約聖書の言葉が書かれたカードを友人に送ったところ、
「とても感動した」というメールが返信されてきました。
クリスマスが近づくと、様々な店にカードを売る場が出来ます。
しかし、今年はピカピカの凝ったカードを見ても、きれいだなと思うだけで、
買うことはしませんでした。
聖書の言葉が書かれたカードは、御茶ノ水の聖書を売る店で見つけたのです。
お祭りではなく、パーティでもなく、商売でもないクリスマス、
キリストの生まれた意味について考える日でありますように・・・。
そんな思いがありました。
そのカードには、2人の修行者と復活したキリストの3人が
森を歩く姿が描かれています。
素朴な、しかし気持ちを惹きつける何かが表れているその絵は、
手元になくなった今も、目に焼き付いています。

様々な世情をはらんだ問題、その影響を受ける個人の問題は、
しかし、政治や他人のせいではなく、
永遠に変わらないもがあることに気づかない人の心が生み出していると、
今はっきりと感じるのです。


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by haru-ha-akebono | 2015-12-28 01:43 | 聖典を学ぶ | Comments(2)

目的がないもの

用途も目的もないもの。
アートの世界ではこれを「オブジェ」と呼びます。
オブジェは立体的なものに対して使うことが多く、
絵画でなんだかわからないものを描いたものは、「抽象画」と言います。

今月初旬、『段ボールで創る世界』と題するものを創りました。
「オブジェ」というジャンルに入るのでしょう。
何人かの参加者、全員が黙々と取り組んだ段ボールの世界。
題は、創作が終了してからみんなでがやがやと決めました。


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色は段ボールに着色されていた文字や柄。
その手触りやウェーブに触発されて出来上がったものは、世界に一つ。
高価な材料や道具はなくても、
ゆとりある時間と何をしてもOKな空間があれば、
満足いく作品を生むことが出来るのです。








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by haru-ha-akebono | 2015-12-18 00:26 | アートの時間 | Comments(0)

起こることはすべて善いこと

ラーマクリシュナが信者たちに話して聞かせた、
森に狩りに出かけた王様と大臣の物語は、
人間がいかに近視眼的に、人生に起きることを捉えているかを示すものです。
数年前、リシケシのシバナンダ・アシュラム
(正式にはディヴァイン・ライフ・ソサエティ)から副総長が来日され、
伊豆でリトリートを行った時に、講話でこの話をされました。
インドの古くから伝わる物語なのでしょうか。
副総長は、この話を題して、
「人生に起こることは、みな善きこと」と言われたのですが、
出来過ぎたようにも受け取れるこの話を、
その時は離れた気持ちで聞いているだけでした。

2か月ほど前に、購読している「不滅の言葉」という雑誌が届き、
同じ逸話をラーマクリシュナが話していたことを知りました。
『起こったことが悲惨そのもの』だとずっと悲しんでいたわたしは、
この、起こることには必ず意味があると書かれている箇所を見て、
それから毎日考えました。
『意味・・・?』
『わたしにとってそれは一体なんだろう?』

何か大切なものを失ったと思って苦痛を味わっていても、
実はその背後で何かを得ているのではないでしょうか。
苦痛を投げ出さないということで、
すでにそれを乗り越えようとする力を生み出している・・・。
そもそも苦痛とは、
新たな価値観を生み出すにあたって起こる自然な現象なのかもしれません。
そして、怒りや悲しみを手放す努力をしてみる・・・。
そんなこと、したことがなかったことに挑戦している自分がいるのは、
あらたな驚きでした。

霊性の世界に、世俗の価値観を持ち込むと
問題をいつまでも解決することは出来ません。
そして、この道は一人でいくもの。
他人に守ってもらうことなどあり得ないのです。
自己の探究の道を行くにはとても大きな覚悟が必要で、
この物語はその力強い道連れになってくれると思います。







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by haru-ha-akebono | 2015-12-12 01:17 | 聖典を学ぶ | Comments(0)

理由のないもの

誰もが見てわかる形になっていないと、受け入れらない?
見た人が、「これは、これこれだ」と納得するものが、いいもの?
今まで、誰も見たことがないものが、アートじゃないのかな。
何かに見えなくても、すぐにわからなくても、
見て、心地よいとか、面白いとか、創った人と見た人が、
何かを共有出来たら、それが、アートじゃないのかな。

創る人が、どんどん創作の時間と空間に入り込めたら、
そこで開放される体験があったら、
出来上がった物を見て、共感する人がきっといるはず。

へんてこな形や、なんだかわからないものから出来上がっていると、
「これは何?」
「何のためにこれを創ったの?」と聞かれたことがあるけれど、
何も目的がない物事が、存在したっていいじゃない。
そういう物がない世界は、殺伐としていると思う。


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   自然の蔓、流木と超軽量紙粘土で創ったクリスマスのオブジェ













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by haru-ha-akebono | 2015-12-06 23:45 | アートの時間 | Comments(0)