はるはあけぼの ヨガDiary

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内在するものを顕す

ラーマクリシュナはおしゃられた。
『アートマンーこの潜在している神性を顕現すること、
 つまり内に宿る「神」を悟ることが人生の目標であり、
 この目標に到達するための苦闘のみが
 人間の存在に意味を添えることができる』

感覚の欲求を満たすこと、そのためにお金を稼ぐこと、
これしかない人生に疑問を持たないのは、
人間には、解消せねばならないカルマがあるから。
この2つをやりつくして、
希望という幻想から得られるのは、苦しみだけだと心底理解出来たら、
人はアートマンを顕現する努力を始めるでしょう。
その機会に遭遇しながら気がつかない人、
水際まで来ていながら引き返す人、様々。

だけど、気づきはいつ起こるかわからないのです。



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# by haru-ha-akebono | 2016-07-17 17:09 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

調和の預言者

「個々の魂は、神性の可能性を秘めている。
 目的地は、人の性質を支配することによって、内に秘めたこの神性を顕すことである。
 外側にも内側にも。
 働きによって、礼拝によって、精神の抑制によって、哲学によってーーー
 これらの一つ、またはもっと、またはそのすべてによってーーーそして解放へ」

スワミ・ヴィヴェーカーナンダのこの言葉が書かれたカードを、
一昨日、ある方からいただきました。
開くと、飛び出す絵本、みたいなカード。
その方も、このスワミジの言葉を目標に、世間を放棄されました。

わたしも、世間に生きているけれど、これが目的地。



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7月10日(日) 午後1:30~ この偉大な預言者の生誕を祝う会が、インド大使館
に於いて開催されます。テーマは『無私の奉仕』 詳細はこちらから















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# by haru-ha-akebono | 2016-07-03 00:25 | 祈りの言葉 | Comments(2)

至福の意識

わたしが、一人でリシケシを訪れた2008年の8月の終わり、
ディヴァイン・ライフ・ソサエティ(通称 シヴァナンダ・アシュラム)の
総長であったスワミ・チダ―ナンダジが、
肉体を捨てマハーサマーディに入られました。
その時、アシュラムのみならず、
リシケシの街全体は深い失意と悲しみに包まれたように感じられました。
今思うと、それだけではなく、世界中のスワミジの信奉者は同様の思い
を抱いたに違いありません。

アシュラムの教えの核である、インドのヴェーダンタ哲学では、
人間の体や心は一時的なもので、魂は永遠であると教えます。
ですから、スワミジの逝去を本当は悲しむ必要はないのですが、
こちらは悟ってはいませんから、やっぱり悲しいのです。

わたしは、一度も肉体が生きたお姿にまみえることが出来なかったのですが、
この大事な出来事の時にその地にいられたのは、幸運だったのかもしれません。

チダ―ナンダジが肉体を離れ、
遺言通りに、すぐにその亡骸はガンガーに沈められたのです。
翌日、リシケシのあらゆる店はお休み。
よく通っていた、外国人向けのカフェのオーナーが、
「あのような偉大な霊的存在が、リシケシに再び現れることはない」と
つぶやいたのを、今も忘れることが出来ません。

チダ―ナンダジが生きておられたら、今年で100歳。
リシケシのアシュラムでは記念切手が発売されました。
アシュラムの郵便局で長くセヴァ(奉仕)をしている日本人のKさんが、
発売の翌日に帰国する日本人滞在者に託してくださって、
わたしの手元には、発売から間もなくその切手が届きました。
チダ―ナンダジの絵が描かれた封筒に入ったKさんの手紙に、
リシケシのあの夏の日々を思い出し、懐かしさで一杯になりました。



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          チダ―ナンダジの絵が描かれた封筒



わたしが最初にヨーガを始めた教室は、チダ―ナンダジをはじめ
何人ものアシュラムのスワミジたちをお招きしています。
わたしが、この霊性の修行を歩み出したきっかけは、
この教室から始まったと思っています。
この秋、その教室には、「チダ―ナンダジ生誕100周年」を記念して、
とても素晴らしい企画があるそうです。
待ち遠しいです。
それから、「チダ―ナンダ」とは、『至福の意識』という意味だそうです。


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            チダ―ナンダジの記念切手







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# by haru-ha-akebono | 2016-06-09 17:01 | 祈りの言葉 | Comments(0)

普遍的な言葉は生き続ける

先日、ほぼ毎日チェックしているあるブログを見ますと、
『逆説の十か条』という詩について書かれていました。
それは、数年前にマザーテレサのお言葉として、
在る方がコピーして、くださったものとほぼ同じでした。
その紙を探して取り出して、読みました。
詩を書いたのは、その時19歳のアメリカの学生だったケント・キース氏。
マザーテレサは、この詩に感銘を受けて、コルカタの「死を待つ人の家」に掲げ、
それが『あなたの中の最良のものを』という詩になり、広まったそうです。

偶然!? 再び生徒として通い出したヨーガの教室で、
このケント・キース氏の詩について話された先生がいました。
10日ほど前にあった大きなヨーガの催しに、
氏は来日されて講演をされたのだそうです。
先生としばし、お話しし、
家に帰って、数日前に取り出したその紙を、またよく読みました。

他者(いわゆる世間)と自分の間に起きる様々なことが書かれていて、
でも、あきらめずにし続けなさい、人を愛しなさい、という逆説を綴った詩は、
今のわたしの力強い支えとなりました。
「神性」ということを考える時、人はごまかしのきかない岐路に立つことがあります。
他者の中で粉々になりそう、でも、退いたら自分の求める道の先はありません。

ケント・キース氏の詩にはない、マザーテレサが作ったと思われる
最後の節はこうです。
『最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
 結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです
 あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです』
                     ~あなたの中の最良のものを~




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# by haru-ha-akebono | 2016-05-09 17:15 | 祈りの言葉 | Comments(0)

宇宙の聖なる母

今日は母の日。
自宅の祭壇のホリーマザーに、カーネーションの飾りが付いたお菓子を
お供えしました。
ホーリーマザーは「宇宙の聖母」。
先日観たパラマハンサ・ヨガナンダの映画では、
母親を亡くし悲しむムクンダ(ヨガナンダの俗名)に、
宇宙の母が語りかけるシーンがありました。
『何人もの母親となって、お前の沢山の生涯をずっと見守ってきました』

それが、わたしにとってはホーリーマザーだと気が付いたのはこの映画の影響か、
それとももう少しまえだったか・・・。
自分のことなのに無責任な言い方ですが。
女性だからか、ラーマクリシュナよりもマザーに親しみを感じます。
(二人は一つなのですが、別な姿をとっておられるところに意味があるのです。)

ホーリーマザーの愛は、執着のない愛だった、そうです。
おおよそ、生きた人間の母は「愛」という名の下に、子供を支配する執着の塊でしょう。
執着を持たない愛を、お坊様方は身をもって示されます。
執着のない愛、に慣れていない俗人のわたしには、
時に拍子抜けすることもありますが、深く考えるとそれはすごいことなのです。

『苦労はみな、彼の思し召しなのですよ
 彼がわたしたちに何をおさせになろうとしていらっしゃるのか、
 彼だけがご存知です』 ~ホーリーマザー・サーラダ・デヴィ




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        コルカタ ベルルマト近くのホーリーマザーのお寺 
















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# by haru-ha-akebono | 2016-05-08 18:39 | シャクティの力 | Comments(2)