はるはあけぼの ヨガDiary

haru2918.exblog.jp
ブログトップ

調和の預言者の言葉

「真の成功、真の幸福の、偉大な秘密はこれである
  決して見返りを望まないことだ
 最も成功した者とは、
  無執着を達成した者である」     ~スワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉~


もう何も言うことがない、言葉。
勇気の湧く言葉。
しかし、実践はいかに難しいか。
でも、何度でもチャレンジ。
1000回失敗したら、1001回目に挑戦。

b0237103_00051326.jpg








[PR]
# by haru-ha-akebono | 2016-04-04 00:06 | 祈りの言葉 | Comments(0)

めでたきその日

今度の日曜日は、ラーマクリシュナ生誕祭。
逗子にある、ラーマクリシュナミッション日本支部、日本ヴェーダーンタ協会
行われます。

b0237103_00393060.jpg








[PR]
# by haru-ha-akebono | 2016-03-17 00:43 | シャクティの力 | Comments(0)

識別~Viveka

以前、ラーマクリシュナミッションの海外支部のスワミジが
来日されて、日本支部で講話をされた時のテーマが、
「識別ーViveka」でした。
『霊性の修行には覚悟が必要。
 人と付き合う時も、自分をその道から引きずり降ろす人か、
 助ける人か、識別が必要です』
この言葉が今でも、忘れられずに残っています。

これはおそらく、注意して人と付き合うということだと思っています。
もう一度、そのスワミジにお会いする機会があったら、
確認してみたいのですが。
相手が世俗的だから、避けるとか嫌う必要はありません。

人の心とは、木の葉のように、いつもあちこち風に飛ばされるがごとく、
さまよっています。
お金や地位や名声が、自分を幸せにしてくれると、錯覚しています。
人を助けることがいいことだと思っていますが、
それは自分を助けることになっているとは気が付いていません。
人間に生まれてきたことの目的を真剣に考える場が、
与えられることなく、一生の終わりが近づきます。
終わりは、人によって違います。
肉体が、若い時、老いた時、人それぞれです。

霊性の修行とか宗教と聞いて、笑ったり気持ち悪がったりした人も、
最期の瞬間は「自分の人生は失敗だった」と思うそうです。
掌中には何も残っていないことに、その時刻に気が付くのでは遅いのですが。

付き合う相手、のみならず、自分が行うこと思うことが、
本当に重要か、必要か、識別して生きることが大事、そんな言葉を
スワミ・ヴィヴェーカーナンダのメッセージから見つけました。

『カップ一杯の欲望を飲み干すと、世界は狂気になる。
 朝と夜は一緒には来ない、同様に、欲望と神は一緒には来ない。
 欲望をあきらめなさい』


b0237103_15321146.jpg
    コルカタ、ガンジス河にかかる「ヴィヴェーカーナンダ・ブリッジ」









[PR]
# by haru-ha-akebono | 2016-02-28 15:33 | 聖典を学ぶ | Comments(0)

永遠の幸福

『生と死、善と悪、人知と無知のこの混じり合いは、
 いわゆるマーヤー、あるいは普遍的現象と呼ばれるものである。
 君たちは永遠にこの網の内側で幸福を探し求め続け、
 幾多の悪に出会うことになろう。
 悪いことには会わず、良いことだけを経験するなどというのは、
 子供っぽいたわごとだ。』  スワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉

自分の幸せを望むのは、人間の常でしょう。
今ある状況よりももっと良いところへ、
或いはなにがしかの不幸が訪れた時には、
そこより脱出して良いと思える地点に行きたいと思う・・・。
望む幸福が大きければ大きいほど、不幸も大きく返ってくるとは誰も思わないのですが、
それはスワミジーの言うように、現象界の摂理なのです。

「自分探し」という言葉が一時流行りましたが、今もそのためのツールが
立派な商売として成り立っていることを、つい最近知りました。
自分を探すってなんじゃ?と思うのですが、
これも今よりも幸福になりたい人がとる、行動なのでしょう。
そもそも、「自分」を探すことって可能なのでしょうか?
スワミジーの言葉を借りれば、マーヤーの外へ出ない限り、
わたしたちは全員もれなく、自分で自分を探すことは不可能なのです。
「探されたつもりの自分」は「一時的なもの」で「永遠」ではありませんから、
不幸に必ず出遭って、それに対した時の自分の反応は以前とほぼ同じ・・・。
と感じたら、また、探さなくてはなりません、もっと違う自分を。
そのからくりを理解しない限り、
「自分探し」に膨大な時間とお金を注ぎ込む必要が出てくるでしょう。
注ぎ込む人がいる限り、いただく人が存在します。
自分が商売の道具になってる間は、
真の幸せを手に入れることは出来ないでしょう。

今は、何でもお金を払うと手に入れることが出来る(あるいはそう思われてい)
時代です。自分の姿(実相)も、お金を払えば手に入ると思う、
それも「マーヤー」です。
今の自分より仮に良くなったとしても、
また生まれ変わってくる、輪廻の輪から逃れたわけではありません。
「仮に良くなった自分」から来世がスタートするわけではありません。
人間に生まれてくるかどうかも定かではありません。
この繰り返し、つまり輪廻を繰り返すことが、全ての苦しみの源なのです。
スワミジーの説くヴェーダーンタは、
その輪から抜け出ることを目的にしています。
ヴェーダーンタは、スワミジーの生まれるはるか昔からインドに伝わる
哲学で、思想で、宗教です。
輪廻から抜け出ることが、マーヤーの外に行くこと。
すなわち悟り、解脱です。
そこは永遠不滅の命、幸福の住処なのです。

b0237103_18092323.jpg









[PR]
# by haru-ha-akebono | 2016-02-24 18:13 | 聖典を学ぶ | Comments(2)

アートを通して見える世界

『人は他者を愛さねばならない
 なぜなら、その人々は彼自身だからだ
 (この世界には)一者のみが存在する』 ・・・スワミ・ヴィヴェーカーナンダ


先日、今年わたしにとって2回目になる、保育園での美術のお手伝いに行きました。
この日は年中さんクラスで≪色で遊ぶ絵本≫を創りました。
この絵本は、昨年、この保育園の美術を担当する先生のアトリエで、
わたしも含めた「美術を人に教えている人たち」のクラスでも、
一つのカリキュラムとして行いました。

保育園では、基本は3枚の紙に、
絵具と様々な用具を使って自分の世界を展開しました。
最終的に、製本までします。
本になると、他の作品よりも一層達成感がありますし、
手元に置いて何度でも見ることが出来るので、楽しいのです。
約2時間、この日も制作過程で、子供たちの行為や行動は刻々と変化しました。
子供には子供の思いがあり、
それを大人はどう受け止めるのか・・・・。
真剣でないと、子供の言動を見逃してしまうと思いました。

昼食をはさんで、この日の美術に関わった先生ー
美術担当と担任の3人ーで「振り返り」をしました。
大人が積んできた経験が、子供を理解するためにいかに邪魔をしているかが
しっかり実感出来た日でした。
この前の週の「振り返り」では、担任の先生が、
『問題があるのは子供たちじゃなく、わたしたちじゃないかと、ある時
 気が付いたのです』
とおしゃったのですが、
こういう思いに至るのは、なかなか大変だったのではないかと感じました。

子供との関わりを、深くとらえていくこの保育園は、
3月に、根津のギャラリーで子供たちの作品展を開催します。
正確には、わたしの先生でもあるこの保育園の美術担当の先生が主催者ですが、
美術を中心にするのではなく、美術の時間を持つことで、
子供たちの、日常の保育園や家庭での生活がどう変化していっているかを
お知らせする展覧会になるようです。

さて、冒頭にスワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉を載せたのは、
この保育園に行った2日後の朝、≪保育園の現状≫をテーマにしたTV番組を
国営放送で観て、ひどく驚いたからです。
「関わり」などよりはるか以前の、
子供たちの生命が危機にさらされている保育の現場の話に、
その格差に、同じ国の同じ時代の出来事なの?と背筋が寒くなりました。
「保育士ばかりが悪いのではなく、親や子供も反省すべき。
 家庭のしつけがなっていない。」という保育士さんの発言もありました。
先ほどの園の先生とは全く逆の考えです。

2日前に行った保育園の園長先生は、以前わたしに、
「保育園で給食やおやつを出すのは、昔は家庭で食べられない子がいたからなの。
 今はそんなことはほとんどありませんが。」
とお話ししてくださったことがありました。
保育園が、経済的に大変な家庭のサポート的な役割だった時代もあったのです。
しかし、TVで話される現状は、なんのための保育園なのだろうと、
経済的には発展を遂げてきた日本の社会のひずみを表しています。
これは介護の現場にも当てはまることでしょう。

「問題は、先生であるわたしたちのほうにあるのかな」
と、先生方に限らず、どの人も、そう思えたら、
スワミジーの言葉を実現できることになります。

★保育園の「表現者たち」展の詳しいお知らせはこちらから

b0237103_18241458.jpg
    コルカタにある、ニヴェディッタ・スクールに飾られらたスワミジーの写真

★21日(日) 日本ヴェーダーンタ協会にて、スワミ・ヴィヴェーカーナンダ生誕祭が
 行われます。詳細はこちらから


















[PR]
# by haru-ha-akebono | 2016-02-18 18:32 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(2)