はるはあけぼの ヨガDiary

haru2918.exblog.jp
ブログトップ

サーブ、ラブ、ギブ  Serve,Love,Give

スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジが、私に言った言葉 「自分は誰かを自分に問いなさい」。
すでに私はわたしなのに、「自分は誰か?」とはなんだろう・・・。
リシケシのシヴァナンダ・アシュラム(ディヴァイン・ライフ・ソサエティ=DLS)には、有名なシヴァナンダさんの言葉がある。
  「サーブ、ラブ、ギブ、ピューりファイ、コンセントレーション、メディテイト、リアライズ」
これは、「他者に奉仕しなさい、愛しなさい、与えなさい、
      そうすれば、あなたは清められ、集中出来、瞑想が起こり、自己が顕われる」という意味。
この最後の「自己を顕す」が、「私は誰か?」の答えなのだ。

リシケシに行くまでは、書物で読む言葉だった、悟りとか解脱。深い瞑想によって起こること。
シヴァナンダ・ジやチダナンダ・ジは勿論、悟った方たちだ。
リシケシでは、悟ったという方にも会った。
ヴィシュワルーパナンダ・ジも、それを目指して毎日修行をしている。
そのスワミジに、「毎日瞑想をしなさい」とも言われた。
なんだか怖くなった。悟り・解脱と言うことが目の前に差し出されたようで。
自分は今までと違う世界に行くの?
悟るのは、それはすごく大変なことで、遠い世界ではあるのだが。
帰国してからも、ずっと違和感があった。なんとも表現できない、気持ち。

ヨーガを始める前、カール・ロジャースの「人間中心療法」という、心理療法の勉強をしていた。
「療法」というが、まずは自分を知ることが最初からずっと続くのだ。
他者を受け容れることがこの療法の中心で、そのためにはまず自分を受け容れるところから始める。
それには終わりはない。その勉強(修行?)の中で、「自分は一体何のかを考えなさい」と先生に言われた。
自分の悩み=問題があり、学習も兼ねて、先生に療法・・・つまりカウンセリングを受けた。
「嫌いな人がいたら、うんと言いたいだけ悪口を言っていい。言いなさい。そして、気が済んだら、悪口を
 言ってる自分はなんなのか?と言うことを考えなさい。」 
私の話が終わって、先生は大体そんなことをおしゃった。
「自分は一体なんなのか?」  それは、心に深く打ち込まれた。

あれから、随分時が経ったのに、わたしは何も分かっていない。何も変わっていない。
何も進歩していない。ヨーガを始めるきっかけとなった、心理療法。
そして、ヨーガを始めて、あちこち不調を抱えていた身体が、ちょっとずつ元気になった。
考え方もそれまでよりは前向きになった気がする。
でも、何かあると外の世界に回答を求めてる。
それでいいの? 自分の中には無限の何かがあるはずだ・・・。まだ自分が知らないことが。
怖いけれど、一歩を踏み出すしかない。
「自分は誰か」を、いつも問い続ける。外に歩いて行こうとする心を引き戻す。
そして、瞑想。  
生活が、変わりつつあった。                 


b0237103_2338142.jpg
                シヴァナンダ・アシュラムのサマディ・シュラインにて

 

 
[PR]
# by haru-ha-akebono | 2011-11-15 23:50 | わたしは誰か?Who am I? | Comments(0)

ハリオーム★はじめまして!! 

ハリオーム はじめまして。

下の写真は、インド・リシケシのシヴァナンダ・アシュラム(ディヴァイン・ライフ・ソサエティ=DLS)を創設した
スワミ・シヴァナンダ・ジと、その弟子で、シヴァナンダ・ジのあとを継いでDLSの総長となったスワミ・チダナンダ・ジの履いていたサンダルです。大きい方がシヴァナンダ・ジ、小さい方がチダナンダ・ジの物。サンダルの前には、お二人の写真が置いてあります。
私が初めて一人でリシケシを訪れた3年前の夏、スワミ・チダナンダ・ジがマハ・サマーディに入られた。その直後、チダナンダ・ジの住居=グル・ニワスが一般に公開されて(総長でしたから公式の場でもあった)、その部屋にこのサンダルが飾られてありました。私の3ヶ月のリシケシ滞在が終わりに近づいた頃のことです。

さて、この時私が滞在していたのはシヴァナンダ・アシュラムではなく、アシュラムから歩くと20分程の所にあるゲストハウスでした。ここは日本人女性のKさんが経営している、ヨーガ・ホールのある小さなホテル。
そこには、スワミ・ヴィシュワルーパナンダ・ジという、気が向いた時にハタ・ヨーガを教えてくれる出家者が住んでいました。スワミジは15歳の時に父親からヨーガを教わって以来、ハタ・ヨーガという身体を使うヨーガを実践して悟りにいたるための修行に、とても熱心な方。

スワミジは、希望する外国人が何人か集まると、アーサナやインド哲学を教えてくれていました。
アーサナをするその身体の柔らかいこと・・・
「スワミジはなぜそんなに身体が柔らかいのですか?」と聞くと、「いつもリラックスしているから。」という答え。
朝は3時間も瞑想をすると言う。
隣の部屋に滞在していた日本人の男性が、「そんなに長い時間座っていて、疲れませんか?」と質問すると、「何もしていないのだから、疲れるわけがない。」と笑って答えた。  
「?何にもしていないって・・・?」
何もしていないって、一体どういうことだろう? 3時間も瞑想をしてるのでしょう?

それから、スワミジはアーサナのクラスの時、「あなた方は何もしていない。」とかならず言うのです。
その言葉は、どこか深いところにふーっと入ってくるのだけれど、頭で考えるとなんだか分からなくなる。
アーサナをしてるのに、何もしていないってどういうこと? YOU ARE NOT DO?

そして、私が帰国する前日のレクチャー(インド哲学の講義で、寺子屋風の集まり)が終わって、スワミジは私に向かってこう言った。
「ゆうこ、24時間いつも自分は誰かを問いかけなさい。それがヨーガの練習(ヨギック・プラクティス)だよ。」
自分は誰か?WHO AM I?
そう問うことがヨーガの練習なの?
「でも、自分は誰か、って以前どこかで聞いたことがあるような・・・・。」
あの、「あなた方は何もしていない」という言葉も何度もよみがえってくる。
そこから、真実のヨーガを求めることが始まった・・・。日本のヨーガ教室に通い始めて15年目のこと。
続く

b0237103_14373765.jpg
[PR]
# by haru-ha-akebono | 2011-11-09 13:00 | ご挨拶 | Comments(0)