はるはあけぼの ヨガDiary

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仮面劇~ペルソナとシャドウ

仮面劇と言っても、ギリシャの演劇について語るわけではありません。
仮面=ペルソナという言葉を、ユングの心理学を学んで知りました。
ユング心理学には、ペルソナ、シャドウ、アニマ、アニムス、グレートマザー、ワイズマン、
などの元型=アーキタイプというものが登場します。
そのうちのペルソナについて、書くことにします。

誰でも、子供から大人へと成長する間に、社会に適応するための、
「外面(そとずら)」を身に着けていきます。
自分のいる、学校・地域・会社などなど、成長と共に活動の場が広がれば、
それに応じて外面が増えていくわけです。
この外面を、ユングは「ペルソナ=仮面」と言いました。
ペルソナを身に着ける事は、その人を外界から守ってくれるのです。
その人が活動する場の価値観にふさわしい仮面を着ければ、周りの人たちとの
交流が円滑になり、場の仕事が速やかに行われるのです。
その場の価値観に合う行動をして、余計なことは言わず、せずにいれば、
「良い人」、「仕事の出来る人」、「気の効く人」、などの好評価を得て、
傷つくこともなく、生活が出来ます。
例えば、会社にいる春さんと、退社後に友人と遊びに行く春さんは、ちょっと違ってるはずです。
会社ではそれにふさわしい仮面を付けて、遊びに行く時はそれにふさわしい仮面を付けるからです。
また、家で家族にだけ見せる顔、一人になった時の顔は違っていて当然。
成長と共に、親や周囲の大人や友人を真似て、無意識にまたは意識して、仮面は着けられていくのです。

自分を振り返ると、11歳頃になって、意識してそれまでとは反対の性格を身に着けようと
したことを、覚えています。
その後、アーティストを目指して自由な環境の学校生活を送ったわたしは、
社会に出て苦しみました。
順風満帆ではなかった20代、今のNHK朝ドラの主人公くらい負けん気が強かったら、
また違った人生だったかもしれません。
その苦しみから逃れたい、シュリ・ラジニーシの本にある様な、真の自由に出会いたい!!
その思いから、心理学やヨーガに出会っていったわけですが。
仮面を着けることが下手だったのです(と思っていた)。
仮面を上手に着けている人がうらやましくもあり、偽善者にも思えました。
内にある強いエネルギーを表現しきれない、もどかしさ。
様々な体の不調が現れました。

しかし、そんな私も何らかの仮面を上手に着けていたのです。
仮面が合わないから、体の不調が現れてくるのであって・・・。
仮面を着けることによって、押し殺されている人格の部分を、「影=シャドウ」とユングは言います。
仮面と影は、表裏一体なのです。
自分を外界から守ってくれている仮面があるのに、自分が苦しくなるのは、この影のせいなのです。
正確に言うなら、影に気づかずにいた自分のせいです。
影を生きる・・・。
多くの人はこの影を無視し、生きています。
仮面を本当の自分と錯覚し、影があるなどとは思わないで生きていると、
思わぬ落とし穴が待ち受けています。
仮面が真の自分だと思い込んでいると、活き活きした生活から遠ざかって、
パターン化した暮らししか出来なくなっていくのです。

まだ、心理学を学んでいながらヨーガを始めたばかりの頃、
遠藤周作さんの遺作となった「深い河」という小説を読み、映画も観ました。
この本の主人公は二人だと、私は思うのですが、そのうちの一人は悪女。
頭が良くて正直な、進んで悪を生きようとするその姿勢に、とても惹かれました。
「そうだ、私は自分の中にある悪の要素=影を、悪いことだと決めて、押し殺そうとしてきた。
 ネガティブな感情を審判して、自分をコントロールしようとしていた。」
と気づいたのです。
今思うと、このコントロールすることがエゴ、であるのですが、
当時はそこまで理解が進んでいませんでした。
正直になろう、とするのは、苦しかったし、大変でした。
だって、今まで信じてきた自分の価値観が、自分の行いを裁くのですから。
でも反面、爽快でもありました。
そこまで意識化出来たから。
要するに、苦しいのは自分の価値観が、自分の中に自然に起こる感情を
裁いているからです。
そして、周囲の目を気にしてると思うのは、
同じように自分の価値観が自分の行いを気にして、
周囲からどう見られているのか?
自分が周囲の目になって、OKかNOかを出していると言うことなのです。
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「ヨーガスートラ」の第2章に、ヨーガの8支足=アシュタンガ・ヨーガが出てきます。
その中のヤマに、「サティヤ=真実を語る」があるのですが、
自分をとことん追究しないと、サティヤにはなれない気がします。
まず、自分を審判することをやめないと。
そんなことさえ意識せずいる人は、なにかあると外界のせいにしているのかもしれません。
そして、自分の気持ちは自然に起こるのであるという理解と
それを意識化する忍耐強さ(?)が必要です。

意識せずに着けている仮面は、醜いと思うのです。
何より、いずれ本人を傷付けていくのですから。
押し殺しすぎた影が、あの有名な「ジキル博士とハイド氏」。
仮面を着けていることを意識してみると、
今まで知らなかった自分が、自分の中に立ち現れてくると思うのです。
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by haru-ha-akebono | 2011-12-18 15:27 | わたしは誰か?Who am I?