はるはあけぼの ヨガDiary

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瞑想は具体的な行為です

気づきを伴うアーサナを行うとき、体の奥から開放感があります。
その開放感は、心の開放感につながります。
体と心、そしてもっと深い意識のレベルは一つの全体だと理解できるようになります。
ヨーガは単なる肉体の健康法ではないのです。
そして、瞑想もとても具体的な肉体内の体験をを伴ったものなのです。
瞑想、というと急に退いてしまう人が多いのではないでしょうか?
長いこと坐っているのは、はじめは確かに大変です。

初めて、「タットワシュディの瞑想」を行ったあと、しばらくすると
猛烈に眠くなって、帰宅して昏々と眠りました。
目覚めた時のスカッとした気持ちの良さ!!なんとも言えませんでした。
その後、タットワシュディを行うと、数時間後に肉体の変化が起き、
それと共に心理的開放感を体験しました。
続けるうちに、粗大な変化は少しずつ微細になっていきました。
時間差もなくなっていきました。
(体験は個人個人で違います)

「瞑想」には具体的な技法が必要です。
坐って目を閉じてみると、心に浮かんでくることはネガティブな雑念です。
それをいくら観察しても、どうにもならないし、
悪くするとそこに飲み込まれてしまうこともあります。
人間の意識の領域ははかり知れないものだからです。
そこを甘く見てはなりません。
そして、誰か適切な導き人が必要です。

「瞑想」は、抽象的なことではありません。
心の空想ではないのです。
とても具体的な行為です。
でも、必ず向かう先をはっきりとさせておくことが大事です。
最も高い清らかなものを目指していく・・・・。
そうでないと、ただエゴが強くなったり危険な錯覚状態に陥ったり、
反対に何の効果もないまま時が過ぎるだけで終わってしまいます。
正しく瞑想練習が行われていれば、
日常生活の中での結果は自然に顕れてきますので、
そこ(日常生活でのご利益)を目的=向かう先にしないことです。
唯の教条主義にとどまってしまうからです。


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by haru-ha-akebono | 2012-05-11 12:17 | シャクティの力