はるはあけぼの ヨガDiary

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2012年 05月 18日 ( 1 )

教えるってことは・・・

『人を愛し、人を大事にしたいと思えば思うほど、何でも教えたくなり、何でも手伝いたくなってきます。
 これは自然な情だと思います。でも、この“教える”ということがどうしても
 “命令”や“強烈な指示”と取られてしまい、全然、善意や愛のこもったものとして伝わらないことが
 あまりにも多いのです。・・・・・
 
 もし、本当に相手のことを大切な存在だと思うのであれば、ちょっと指示的に教えることをストップして
 “適切な質問をしながら、相手の言葉を聴かせてもらう”ということに心を向けていただけたらと思います。
 つまり、私たちは人からの答えをそんなに求めていませんし、いつもいつも“答え”が投げかけられたら、
 “考えることをしない人間”になってしまう恐れがあります。・・・・
 
 もっとも、私たちは自分が“教えたがり屋”になっていることすらなかなか気がつかないことが多いのです  
 が、何となく自分は人に対して親切で、人に対して何かをしてあげたいと思っているという自覚がある方々
 はどこかに“教えたがり屋の種”を持っている場合が多いようです。』

                              関根一夫・著「いてくれてありがとう」より
                               『「教える」のではなく「聴かせてもらう」ことを心がけてみる』



わたしが、臨床美術の勉強を始めた時に2回ほど講義にいらした、
アート・セラピー・ファミリィ・カウンセラーで牧師さんの関根一夫さんの著作「いてくれてありがとう」
は、高齢者家族を介護する人たちとアートセラピストのための本です。

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介護の場に限らず、この言葉はものを教える立場の人には重要なことです。
わたしも現在ヨーガを教えています。
教える「教師」と「生徒」の関係は、気を付けないと≪依存≫という関係を作り出すからです。
教師も生徒も、精神的な≪闇≫を持っているのが普通ですから、
何かの問題性を持った生徒に≪共依存≫してしまう教師があってもおかしくありません。
唯の人間は、その≪闇≫ゆえに惹かれ合うということがあります。
自覚がないまま、教えたり教えられたりの居心地の良さに陶酔するうちに、
大切なことを見失っていったり、まずくすると周りの人間関係をも巻き込んでいくのです。
教える側は、まず一歩退いて、教えたい自分は一体全体何を求めているのか、
をよく考えてみる必要があります。
自分の力を誇示したい、相手を自分の支配下に置きたい、などの本来教えるもの以外の
自分のコンプレックスが隠れていないか、注意が必要です。
教わる側も、庇護されて楽したい、自分は何も考えなくていい、と甘える気持ちがないか
考えてみないと、自分の成長は止まってしまいます。

この本の言葉は、「教える」ことを媒介に、人間関係のとても普遍的なことを伝えていると思います。

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by haru-ha-akebono | 2012-05-18 17:33 | わたしは誰か?Who am I?