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はるはあけぼの ヨガDiary

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2015年 05月 30日 ( 2 )

真の謙虚さ~True Humility

もう2か月近くかかって読んでいる本があります。
ラーマクリシュナミッションで出版している物で、
英語のためにそんなにすらすら読めませんし、内容も簡単ではありません。
終章近くなった昨夜、その節の中にある一文が、
今の自分の混乱をあっさりと終わらせてくれました。

「彼が人生で避けることの出来ない両極性のものごとを、受け容れる態度
 (心構え)が、真の謙虚さである」

避けられない両極性のものごととは、
「幸運・不運、幸せ・不幸せ、愛・憎しみ、善・悪」
などです。
「彼」とは、この本では「カルマ・ヨーギ―」のことなのですが、
誰にでもあてはまることであり、また案外気が付かずにいることだと思いました。

良いことがあると、人は「自分の力で得たもの」と思います。
また、得たその瞬間はそれがずっと続くと思いこんでいます。
しかし、その良きことを失ったり、最初から不運などに見舞われると、
外部の力や他人のせいにするのが常です。
そういう思考のパターンでずっと生きてきていますから。

起きることには、また遭遇することには、そもそも善悪などないのです。
それを、両極のものに振り分けているのは、人間の心・・・・。
受け容れた時、相反する性質は消えて行き、
そしてそれを起こしている存在を身近に強く感じることとなるのです。



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by haru-ha-akebono | 2015-05-30 14:43 | シャクティの力

反対のことを考える・その後

反対のことを考える、について2回書きました。
「その2」で、「嫌いな人のことを考えてしまう」時には、
「好きな人のことを考える」という提案をしました。
その後思ったのは、「好き」と「嫌い」はいつもセット、
コインの裏表のようなものなので、あまり効果がないかもしれない、ということです。
世俗の、「好き嫌い」は、永遠ではなく終わりがあります。
たとえ親子の愛でも、束縛があります。
兄弟姉妹も必ずしも仲がいいとは言えないこともありますし、
まして、友情や男女の愛には、永続性というものは期待できません。
好きはやがて嫌いになる、憎しみに変わることもあります。

それはなぜか、というと、これらの愛は束縛とセット、
「わたし」という「自我」から生まれる感情だからです。
「愛」というよりは、情動や所有欲、と言う方が正確です。
世俗の人の感情は、常に二元、つまり、好き・嫌い、良い・悪い、
幸・不幸、善・悪、と言った対立するものがセットになっているのです。

「反対のことを考える」ことで、考える対象は
もっと高い、永遠や真理にしましょう。
ちょっとこれが漠然とした感じなら、
あなたが好きな神様や、マントラや、聖者の言葉にします。
これをずっと続けることが、瞑想になります。


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by haru-ha-akebono | 2015-05-30 13:36 | 聖典を学ぶ