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はるはあけぼの ヨガDiary

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カテゴリ:シャクティの力( 65 )

普遍的な愛

アヨーッデャー(聖者ラーマの生誕地)から、
若い僧侶がドッキネシッョルに到着した時、既にラーマクリシュナは肉体を捨てていました。
僧は、東方に神が降臨したという幻を見、
ベンガルに辿り着いた時に、ラーマクリシュナの名前と住いを知ったのです。
カーリー寺院まで、1600キロの道を歩いて来た彼の嘆きは大きいものでした。
今なら飛行機で何時間、それとは違うそれは、想像を絶します。
落胆のあまり、カーリー寺院の支配人が差し出す食事も拒んで、
パンチャバティで瞑想する彼の下に、ある晩ラーマクリシュナが現れたのです。
ラーマクリシュナはプディングを彼に食べさせるために持っていました。
僧の喜びは、計り知れないほど深いものでした。

わたしがラーマクリシュナへの信仰を持つ大きなきっかけとなったのは、
この逸話を読んでからです。
この話は、難しい知識も、ラーマクリシュナの高い霊性についても、
触れていません。
在るのは、唯「愛」だけです。
ラーマクリシュナが人への「愛」のために、肉体がこの世から無くなっても、
このように出現してきた話は他にもあります。

弟子のスワミ・ヴィヴェーカーナンダも、
最も大事なのは愛であって、霊性の高さや沢山の知識にそれは優ると話しています。

沢山の深い知識を誇ることは、行動との矛盾を生みます。
自惚れに結びついた時には、何段か、登って来た階段を転げ落ちることは確かです。
清らかな行いや風貌に、一点のシミを付けるだけなのです。

他者の心に、真理や永遠へのあこがれを植え付けるのは、
普遍的な「愛」の力以外にはありません。




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by haru-ha-akebono | 2015-06-14 13:11 | シャクティの力

真の謙虚さ~True Humility

もう2か月近くかかって読んでいる本があります。
ラーマクリシュナミッションで出版している物で、
英語のためにそんなにすらすら読めませんし、内容も簡単ではありません。
終章近くなった昨夜、その節の中にある一文が、
今の自分の混乱をあっさりと終わらせてくれました。

「彼が人生で避けることの出来ない両極性のものごとを、受け容れる態度
 (心構え)が、真の謙虚さである」

避けられない両極性のものごととは、
「幸運・不運、幸せ・不幸せ、愛・憎しみ、善・悪」
などです。
「彼」とは、この本では「カルマ・ヨーギ―」のことなのですが、
誰にでもあてはまることであり、また案外気が付かずにいることだと思いました。

良いことがあると、人は「自分の力で得たもの」と思います。
また、得たその瞬間はそれがずっと続くと思いこんでいます。
しかし、その良きことを失ったり、最初から不運などに見舞われると、
外部の力や他人のせいにするのが常です。
そういう思考のパターンでずっと生きてきていますから。

起きることには、また遭遇することには、そもそも善悪などないのです。
それを、両極のものに振り分けているのは、人間の心・・・・。
受け容れた時、相反する性質は消えて行き、
そしてそれを起こしている存在を身近に強く感じることとなるのです。



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by haru-ha-akebono | 2015-05-30 14:43 | シャクティの力

本当の光

「なんという美しいところだろう!
 なんという魅力のあるひとだろう!
 なんという素晴らしいことを言われるのだろう!
 もうここから動きたくない」・・・・『ラーマクリシュナの福音 第1章』より

これは、「ラーマクリシュナの福音」を書いたマスター・マハ―シャヤが
初めてラーマクリシュナに出逢った時の言葉。

私もこのような思いを、修行をされている方たちに抱くことがある。
では、もしラーマクリシュナに会ったとしたら、
眩しくで目を開けていられないことだろう!!



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by haru-ha-akebono | 2014-12-14 00:17 | シャクティの力

バララームの家で

10月、コルカタはまだ充分暑かった・・・。
オリッサ州プーリーから台風が来るとのことで、
例年ならもう少し涼しいと、在住の人は言っていました。
そんな或る日訪れた、バララーム・マンディール。
前回は、数名のツアーで来たため、慌ただしく、
また、バララームの家という実感が希薄でした。
その帰国後に、「ラーマクリシュナの福音」を深く読む時間を持ち、
そこに書かれたこの家のことを、胸に刻みました。

外気は暑いのに、なぜか静かに涼しい風が吹いて来た・・・。
時間が止まったかのような静寂。
しかし、それは、わたしの意識のやや深い場所での出来事でした。

目を開けると、連れが待っていました。
思いがけず、長い時間が経っていたようです。




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by haru-ha-akebono | 2014-11-02 17:12 | シャクティの力

シュリーシュリー・ドゥルガープージャ

今週の土曜日、大田区下丸子駅近くの、大田区民プラザで
『ドゥルガープージャ』が行われます。
在日ベンガル人の会(BATJ)が主催する、
ベンガル州では一番大きな霊的なお祭りです。
コルカタのラーマクリシュナミッション・ベルルマトでは、
数日間プージャがあった後、ガンジス川に女神像を流すのだそうです。
BATJの女神さまは、プージャが終わると一年間、
トランクルームでお休みをされるのだそうです。

詳細はBATJのホームページからご覧ください。

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by haru-ha-akebono | 2014-09-30 23:18 | シャクティの力

すべてをなさる方

若い頃、
人生は、努力すれば、計画通りに運ぶものだと信じていた。
それは、自分の力で動かせるものだと思っていた。
思う通りにならないと、自分が至らないからか、と辛かった。


「 風のなかの落ち葉のようにこの世に生きなさい。
 そのような葉は、あるときは家の中に、あるときはごみの山に吹きやられる。
 木の葉は風の吹くままに飛んで行く・・・・ときには良い場所に、時には悪い場所に。
 いまや、神がお前をこの世にお置きになったのだ。
 結構なことだ。ここにいなさい。
 また、彼がお前を持ち上げてもっと良い場所に置いてくださったら、
 今度はどうしたらよいかをその時に考えても十分に間に合うことだ。
 神がお前をこの世に置いてくださったのだ。
 そのことについて、お前に何ができるのだ。
 彼にすべてをお任せしなさい。彼の足元に自分を捧げきりなさい。
 そうすればもう困ることはない。そうしたら、いっさいのことをなさるのは神だ、とさとるだろう。」
                ・・・・『ラーマクリシュナの福音 第33章』より・・・・

一体自分はどのようにしてこの世にやって来たのか、
やって来たのになぜ去っていくのか・・・・。
自分の力で生きているのではない。
何者かが、生かしているからこの世にいる。



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by haru-ha-akebono | 2014-08-24 01:12 | シャクティの力

再会

ブログ横の「ライフログ」=お気に入り本の紹介に、「インドの光」を載せました。
この本と初めて出逢ったのは、もう10年も前のことです。
当時絶版になっていたのですが、
神田の古書店で見つけたというヨーガ仲間が、
「面白いから、絶対に読むように」と言って貸してくれたのです。
その言葉には、読まないとただでは済まないような迫力がありました。

当時、10年以上通ったヨーガ教室の指導者養成コースを受講していたわたしは、
テキストとして使われていた本に、
このインドの光であるシュリ・ラーマクリシュナのことが書かれているのを読んで、
初めてその偉大なパラマハンサの存在を知ったのです。
貸してもらった「インドの光」は文庫本で、
『衝撃』以外の何物でもありませんでした。
そこに書かれていることが、事実とはとても思えなかったのです。
一気に読めたきっかけは、すでに何冊かの本で親しみを持っていた
スワミ・ヴィヴェーカーナンダが途中から登場するからでした。
スワミジとそのパラマハンサが師弟の関係ということが、
なかなか結び付かなかったことを、よく覚えています。

時を経て、今年の初めにこのパラマハンサが過ごした
ドッキネショルを訪れる機会に恵まれました。
さらに恵まれたことに、普通は中に入れないカーリ聖堂の中に入って、
カーリの像を間近に礼拝することが出来たのです。
この時、「インドの光」に、シュリ・ラーマクリシュナが
この像の前で泣いて泣いて、女神の出現を祈った光景
が描かれていたことを思い出し感慨無量、胸に熱い思いがこみ上げました。

帰国し1ヵ月も経った頃、
すでに再販されていた「インドの光」が、縁あって手元にやってきたのです。
『衝撃』という感想ゆえに、何年かの間このパラマハンサを避けてきた自分。
今、ゆっくりと、「あなた」に近づいています。


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by haru-ha-akebono | 2014-03-30 16:33 | シャクティの力

至福の時刻~夕べの礼拝

ラーマクリシュナミッション・ベルル僧院でのアラティを初めて見た時のこと・・・・。
ラーマクリシュナの像が間近に見える、外の透かし窓から見た儀式は、
その像と、儀式を行う僧侶(プジャリ)とが神聖な会話を行っているように見えました。
まるでプジャリに話しかけているかのようなラーマクリシュナは、
その時、石で出来た像ではなく、
あらゆるものを生み出す生命・・・神そのもの!!
至福に満たされた瞬間でした。





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by haru-ha-akebono | 2014-02-23 17:41 | シャクティの力

マザーカーリー~全ての祈りを叶えて下さるかたよ

2日、逗子の日本ヴェーダーンタ協会にて、
カーリープージャが行われました。
100人を超す人がみえ、盛大な儀式となりました。
カーリーは花や沢山のお供え物に囲まれています。


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コルカタのラーマクリシュナミッションと同じ時刻に行われるということを、
昨年、協会長のスワミ・メーダサーナンダ・ジから伺いました。
そう、儀式は夜の7時から始まり、10時30分頃まで続きました。
参加した皆様への夕食のサービスのために、献花が終わると会場の外に出ました。
会場にいたのは短い時間でしたが、胸に迫る熱いエネルギーを感じたのです。
この宇宙を司る母なる神、カリーが巻き起こしている火!!
姿は見えないけれど、私たちを祝福してくださっている・・・。
全員で、「サルヴァ・マンガラム・マンガレー」を歌いました。


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by haru-ha-akebono | 2013-11-07 00:13 | シャクティの力

カーリー女神様の祭典

11月の第1土曜日、逗子の日本ヴェーダーンタ協会でカーリープージャがあります。
夜7時からです。
いつもカーリープージャは夜始まりますが、
インドのコルカタのプージャと同じ時間に行うのだそうです。
カーリーは黒い顔をして、髑髏をつないだ首飾りをかけています。
また、片手には人の生首を下げ、シヴァ神を踏みつけている絵が有名です。

昨日、「ラーマクリシュナの福音」を読んでいますと、
『カーリーの顔が黒く見えるのは、自分がカーリーから遠く離れている存在だからで、
近くに行けば何色でもないことがわかる。』と、
ラーマクリシュナが信奉者たちに語る場面がありました。
海や空が青く見えるのも、遠くから見ているからで、
近づけばそれは無色です。
それと同じことだと、ラーマクリシュナは言います。

カーリーは創造と破壊の二つの顔を持つ、宇宙の母なのです。

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 昨年のカーリープージャのカーリーの祭壇
by haru-ha-akebono | 2013-10-20 18:05 | シャクティの力